ところ変わって、此処は幽霊船が停泊した入り江。そこに飛ばされたエース、レオナ、フロイド、の四人は、状況整理の為に話し合いをしていた。
「つまり……テメーの話を信じるなら、今俺たちがいるのはゴーストの世界だと」
「そうだね」
 は持参した魔法の眼鏡で視力を補いながら、楽しそうに周囲を観察する。
「文献に書かれたゴーストの世界に、この場所は良く似ている。知り合いが以前ゴーストの世界に迷い込んでしまった時も、こんな感じだったらしいし」
 音も風もない不気味な空間に、青白く浮かぶ満月。海は深淵へと誘うかのように怪しく佇み、停泊している船はいかにも幽霊船といったいで立ちだ。例えこれが大掛かりなセットだったとしても、手が込み過ぎている。
「それに、現にゴーストだって現れているんだから、そう考えた方が無難だと思うよ」
「闇の鏡を通った際に、なんでバラバラになっちまったのかは分からねえが……ゴーストはイタズラ好きな奴らばかりだから、俺らを混乱させるのが狙いってところだろう」
 心底面倒くさそうにため息をつくレオナ。まさか最初から分断されるとは思わなかったが、こうなってしまっては仕方ない。レオナはあっさりと状況を受け入れた。
「いや、冷静にそんなこと言ってる余裕があるなら……あの人どうにかしてくださいよ!」
 エースの全力の突っ込みに、話し合っていたレオナとはようやくそちらに意識を向ける。
「待てーーーー!!!」
「なんでオレたちのこと追いかけてくんの!?」
「フロイドが何かしたんだろうね」
 ゴーストの追っ手を器用に避けつつ、エースの質問に答える
「返せーーー!!そこの人魚、鏡を返せ~~~!!!」
「ほら」
「ほらって言われても!返せってなに!?鏡!?なんのこと!!??」
 この場所に飛ばされて程なくの事。早々に単独行動を開始したフロイドは、どこからともなくゴーストの群れを引き連れてきた。しかも妙に怒っているという要らぬオプション付きで。
「あ~カニちゃんたちいた~」
 更にはわざとらしく名前を呼び、エ―スたちを仲間だとゴーストにばらしてしまった。よってゴーストは怒りの矛先を全員に向け、仕方なく逃げ回る羽目になったというわけだ。
「ああもう、逃げるのもめんどくせえ。うるせえゴーストどもを黙らせてやる」
 意味不明の追いかけっこに辟易したのか、レオナは逃げるのをやめてゴーストに向き合った。マジカルペンを構えると、容赦なく炎の魔法を放つ。正面からそれを食らったゴーストたちは、ぽろぽろと涙を流しながら逃げて行った。
「うわーーん!なんて乱暴な人間たちなんだ!"あのお方"に言いつけてやる!」
「鏡を返して欲しかっただけなのに~~!」
 正直なところ、こちらが悪役になった気分である。
 息が整うのを待ってから、レオナは先ほど抱いた疑問をフロイドに投げかけた。
「ゴーストの奴ら、さっきから鏡、鏡って……一体なんのことだ?」
「先生がくれた人見の鏡ってこと?でももしそうだとしたら、「返せ」だなんて人聞きわりーな……っつーかフロイド先輩!突然姿が見えなくなったと思ったら、あんな大量のゴーストに追われて戻ってくるなんてなにしたんすか!?」
 フロイドは全く気にしていないのか、海を眺めながらのんきに答える。
「ゴーストの世界の海なんて、珍しいし超スリルありそうじゃん。とりあえず泳ごうって思うだろ?んで、あそこに見える船に登ろうとしたら、「これ以上進むな!」ってゴーストに邪魔されたんだよ」
 スリルがあるから泳ぎたい、という理論については全く理解できないが、ゴーストが邪魔をしたと言うのは少々気になる点だ。もしかして、その先に何か見られたくない重要なものがあるのだろうか。となると、フロイドが追われていた理由にも説明がつく。
「でさ~、ムカついたから持ってたもん盗って逃げてやった」
 フロイドはそう言ってポケットから招待状のような紙と、鏡の欠片を取り出した。
「どう考えても「鏡を返せ」ってソレのことだろ!!」
 思わず敬語を使うのも忘れ、エースがまたもや突っ込みを入れる。これはどう見てもフロイドが悪い。
「お前……余計な手間増やしやがって、ふざけんなよ……!」
 レオナも早速面倒事に巻き込まれて腹が立ったのか、ぎろりとフロイドを睨みつける。だがそんな様子をものともせず、フロイドは招待状の中身を指差した。
「まーまー、この招待状見てみなって、おもしれーから」
 オンボロ寮の入口にあったものと同じ作りだが、書いてある文句は異っている。そしてそこには、フロイドが奪った鏡の欠片を持ってくるようにとの記載があった。
「……なるほどな。この鏡の欠片は、ゴーストにとってハロウィーンパーティーに欠かせない大事なもんだと」
「生者用とゴースト用で、"あのお方"は別の招待状を用意しているみたいだね」
 わざわざ人間を誘拐し、ゴーストに鏡を集めさせる。そしてゴーストたちが口にした"あのお方"……謎は深まるばかりだ。しかしレオナはそんな状況をものともせず、不敵に笑った。
「俺たちが分かっていることは唯一つ。このふざけたハロウィーンを終わらせるためには、招待状をほうぼうに送り付けてる"あのお方"ってやつをぶん殴るのが手っ取り早そうだってことだ」
 幸か不幸か参加条件である鏡の欠片は手に入った。この様子だと他にもゴーストはいるだろうし、道中で鏡の欠片を更に回収するのも容易いだろう。
「よし、先に進むぞ」
「別れちゃったみんなとは合流しないってことすか?」
 人見の鏡は使えないし、他のメンバーの詳細も一切不明。このまま不用意に進むのもあまり得策ではないでは。そう言外に告げるエースを、レオナは鼻で笑う。
「だからお前は甘いんだよ。俺たちの目的はハロウィーンを終わらせること。この事態を引き起こしてる犯人をシメれば万事解決だろ。他のことまで面倒みる気はねえよ」
「まあ、他の奴らも同じようなこと考えてるだろうし?あんな雑魚みてーなゴーストにやられるヤツなんて、ウチの学園にはいねーだろ」
 レオナに賛同の意を示すフロイド。ハロウィーンを終わらせ隊のアクの強い面子からして、ゴーストだって一筋縄ではいかないだろう。
「ひとまずは鏡の欠片の回収と、"あのお方"の元へ行くことを優先して、途中で合流できればそれでいいんじゃないかな?」
「それもそうっすね」
 の言葉を受け、ひとまずエースは納得した。
「つーか、さっきのゴースト。簡単に吹っ飛ばされてたじゃん。弱すぎ。あーあ、つまんねーの……」
 すると、つまらなそうに呟くフロイドの脇を何かが横切った。
「BOO!!」
「ほいっ」
 茂みの中から先ほど逃げたゴーストが飛び出すが、フロイドは難なくそれを避ける。
「おっと」
 同じくレオナもゴーストの不意打ちを躱すと
「エッ!?」
 その後ろに居たエースに直撃した。エースは一瞬がくりと首を下げるが──次の瞬間、急に高笑いしだした。
「ふふ……ふふふっ……はーーーーっはっはっはっはっ!!!!この…傲慢な人間どもめ!!!!」
「は?お前も人間だろ」
 フロイドの的確過ぎる指摘も意に介さず、エースは大仰にフロイドを指差す。
「先ほどはよくもやってくれたな。こっちが下手に出れば図に乗りよってもう許さん!本気を出させてもらおう!生者の体を得た今なら後れは取らん!貴様らのような小童、一瞬でボコボコにしてくれるわァ!」
 明らかに普段のエースとは違う様子だが、それに気づかないのかはたまたわざと無視しているのか、フロイドとレオナは指の関節を鳴らしながらエースににじり寄る。
「へえ……オレをボコボコに?カニちゃん、面白い事言うじゃん」
「随分とご機嫌じゃねぇか。尻尾でじゃらしてやるぜ」
 先ほどと同様、どちらが悪人か分からないような表情を浮かべながら、二人はエースを取り囲んだ。
「え?あっ?ちょっ、やめ……」
 立場が明らかに悪くなったことに気づきエースは慌てて離れようとするが、がっちりと肩を掴まれてしまい逃げられない。
「さっきのはちょっとした冗談だったんです!」
「冗談?いいよぉ別に俺は本気でも。殴られる覚悟くらいあんだろーな?ああ?」
「あんなに威勢のいい啖呵を切ったんだ。楽しませてくれよ?」
「ゆ、許して!許してください…!というかちょっとそこの人!見てないでこの二人止めてよ!」
 エースに話を振られたは、にっこりと笑ってこう告げる。
「その様子だと、もしかして憑依されているのかな?憑依もまた呪いの一種と言えなくはないし……症例の一つとして観察させてもらうよ。大丈夫、本当に危なさそうなときは助けてあげるから」
「ぎゃああ~~~~~~!!!」
 この悲鳴は果たしてゴーストのものか、それともエースのものなのか。どちらにせよ、彼を待ち受けていたのは恐怖だった。