波乱のハロウィーンウィークが無事幕を閉じ、ナイトレイブンカレッジにはようやく静寂が訪れていた。
 明日も朝早くから片づけをしなければならないという現実から逃れたくて、寮生達は早々に寝床に就く。シルバーもそれは例外ではなく、身支度を整えた後にベッドに入った。だがしばらくして、その眠りは想像もしない形で破られる。
「うをおおおおおお!!!」
「!?なんだ、今の悲鳴は!」
 反射的に飛び起き、シルバーは慌てて状況を確認する。
「お前は……くっ、離せ!離すんじゃ!助けてくれーーー!」
 声の主は養父であるリリアのものだ。こんな夜更けに、しかも助けを呼んでいるなんてただ事ではない。
「親父殿、今行きますッ!」
「……ん、……シルバーどうしたんですか……?」
 同室のが起きる気配がしたが、今はそれに答えている時間すら惜しい。起こしてしまった事に申し訳なさを感じつつ、シルバーは部屋を飛び出した。最優先事項はリリアの安否確認である。
 全速力で寮の廊下を駆け抜け、副寮長室の前に立つ。ノックもそこそこに扉を開けると、そこにリリアの姿はなかった。
「っ!?親父殿!どこへ行ったのですか!!」
 呼びかけてみるも返事はない。どうも嫌な予感がして、隣の寮長室…マレウスの部屋も確認してみる。すると予想通り、そこはもぬけの殻。まるで神隠しにでもあったかのように、二人の姿は消えてしまっていた。
「一体何があったんだ……?」
 ひとまず冷静になって状況を把握しようとしたシルバーは、そこでふと違和感に気づく。
「寮の中が静かすぎる……?」
 就寝時間だから当然ではあるが、根本的に人の気配がないのだ。これはどういう事なのだろう。
「シルバー、何かあったのですか?」
 背後からの呼びかけに振り返ると、そこにはの姿があった。どうやら追いかけてきてくれたらしい。
「いきなり部屋を飛び出して……まるで悪夢でも見たような顔をしています」
「ああ、すまない。状況が状況だったから説明する時間が惜しかった」
「状況?……そういえば、寮全体の空気がやけに静かですね」
 不思議そうに辺りを見回すに、シルバーは出来るだけ平静を保った声で告げる。
「悪夢ならどんなに良かったか……、落ち着いて聞いてくれ。親父殿とマレウス様が居なくなった」
「!?」
 は目を丸くした後、先ほどのシルバーと同じように二人の部屋を確認する。だが相変わらず、部屋の主は見当たらない。
「確かにどこにも居ませんね……争った形跡も見当たりませんし、消えた、と言うのが正しい表現でしょう」
 にわかに信じがたい状況ではあるが、さすがには冷静だった。部屋の中を調べながら、形跡をなんとか辿ろうとしている。
「シルバー、。二人とも無事でよかった…!」
 そこに、が合流した。どうやら何かそちらでも問題があったようだ。
先輩……無事、とはどういう事でしょうか?」
「寮の様子がおかしいから、見回りをしていたんだ。そうしたら信じられない事に、寮生の大半が消えてしまっている。まさかと思ってリリア達のところへ来てみたんだが……その様子だと、遅かったようだね」
 シルバーの疑問に、は落ち着いた声で答える。だが彼も異変を感じているのか、その表情は硬い。
「寮生の大半が…!?」
 気配がしないとは思っていたが、本当に消えてしまっているとは。次第に悪くなっていく状況に、シルバーは眩暈がした。そこでふと、もう一人不在の人物に気づく。
「っ!だとすると、セベクも消えてしまっている可能性が…!?」
「否定はできないね。まだ一年生の部屋は確認していないから」
「でしたら、シルバーはまずセベクの部屋へ行ってください。私は先に学園の方へ向かいます。幸か不幸か、学園の魔法防壁は破られていない様子。その場合、校門から出入りした可能性が高いかと」
 機動力を考えると、マレウス達を探す役目はが適任だろう。シルバーとは頷くと、それぞれ必要な役目を自分に割り振っていく。
「了解した。じゃあ俺はセベクを探してから正門へ向かう。そこで合流しよう」
「僕は寮に残っている生徒を集めて、学園長と連絡を取るよ。全体の状況を把握する事も大切だからね。二人とも、くれぐれも気を付けるように」
「わかりました」
「善処する」
 ひとまずと別れ、シルバーはセベクを探しに一年生の部屋へと向かう。すると、がシルバーを呼び止めた。
「シルバー、一つ気になっていた事が。何故貴方はこの状況を察知する事が出来たのですか?」
「?親父殿の悲鳴が聞こえて目が覚めたんだ」
「悲鳴?私には聞こえませんでしたが……」
 の返答に、シルバーは目を見開く。あんなに大きな声だったのに気づかないなんて。だがそれ以上に、気配感知能力に優れているはずのが、こんな状況になるまで察知出来ていないことも引っかかる。
 もそれは同じようで、先ほどからずっと難しい顔を浮かべていた。
「私にだけ聞こえなかった、というのは考えづらいですね。寮生の大半が消えたとの話でしたが、残っている者も居たはずです。もしあの距離から聞こえる声量の悲鳴なら、起きないはずがありません」
「だとすると、声を聞いたのは俺一人…?」
「そう考えるのが妥当でしょう」
 普段だったら寝ぼけていたのかと思ったかもしれない。だが確かにリリアの声は聞こえていたし、現にこのような状況に陥っているのだ。幻聴だと考えるのは早計だろう。
「ならこの事は、セベクには伝えないでおこう。マレウス様達が消えたと言うだけで混乱するはずだ。これ以上心配させる要素を増やしたくない」
「それが良いと思います。では、私はもう行きます。どうかご無事で」
「ああ、俺もすぐに行く」
 は頷くと、魔法を使って一足早く校舎へと向かった。その残滓が消えるのを見守った後、シルバーは急いでセベクの部屋へと足を運んだ。