君ありて幸福
今日は森林の国・ヒューレのリエル王子の誕生日。
大事な記念日を祝福するため、普段よりも一層美しく装飾された城にはヒューレに住まう人々をはじめ、森の動物、果ては精霊までが集まっていた。そんな中、は一人渋い顔を浮かべていた。
「………どうしよう」
大切な記念日だからそれに相応しい素敵なものを贈りたい。そう思ってあれやこれやと考えすぎた結果、ついにこの日を迎えてしまった。端的にいうと、考えすぎて贈り物が思い浮かばなかったのだ。手作りの何かをあげようにも、今からじゃ間に合わないのは目に見えている。完全に手詰まりだ。
「なにか私らしいもの……」
自分の気持ちを真っ直ぐに伝えてくれて、リエルが喜んでくれるものとは。ぐるぐると思考を巡らせていると、ふと窓際に置いてある花が目に入った。それはがヒューレに保護された際、お見舞いとしてリエルがくれたプレゼント。早く良くなってね、という言葉とともに贈られた花は遥か遠い故郷にも咲く妖精の花とよく似ていて、心の傷を癒し励ましてくれた。なにより、リエルが自分のことを思ってこの花を用意してくれたことが嬉しかった。自分でも同じように、花を贈ることでリエルに嬉しい気持ちになってもらいたい。
「よし!早速探しにいこう!」
は慌ただしく準備を整えると、精霊の森へと足を踏み入れた。
が部屋から飛び出した後、部屋の前で次はリエルが渋い顔をして立っていた。
今日は自分の誕生日。そんな日に、一番最初におめでとうと言って欲しくて。しかし部屋はもぬけの殻で、家主は不在だった。
「どこに居るんだろう……」
「あ!リエル様お誕生日おめでとうございます!」
「あ。……ありがとう……」
偶然廊下を通った従者にお祝いの言葉を述べられ、一番最初にお祝いをしてもらうというちょっとした目標が失敗に終わる。
「本日の記念式典は正午からですよ。主役なんですから遅れないでくださいね」
「そんなこと言われなくても大丈夫だって!」
思わず拗ねたような物言いになってしまったがこれじゃ八つ当たりだ。リエルはギュッと目をつぶると思考を切り替える。
「もう子供じゃないんだよ?ちゃんと予定は頭に入ってるよ」
「なら安心ですね」
「それよりも見てない?部屋には居ないみたいなんだけど」
「様なら先ほど森へいくと仰ってましたが」
「森?」
「はい。だいぶ急いでいたようですし、何もないといいんですが…」
わざわざ今日森へ行くなんて、よっぽどの用事でもあったのだろうか。それよりも彼女はまだ病み上がりの身なのだ。ユメクイによる被害だって後を絶たないのだし、もし一人で行ったのだとしたらことさら心配だ。
従者と別れたあと、リエルはを探しに森へと向かった。
リエルに花を贈ろうと決めたはいいが、花探しは難航していた。
「珍しい花は今からは無理だろうし、せめてリエルの誕生日に合わせた花…ゼラニウムとかあればいいんだけど…」
こんなにたくさんの草花が咲き乱れているのに、いざ目的の花を探そうとすると存外見つからない。
「困ったなぁ……」
お手上げといったところで顔を上げると、遠くからポックルがやってくるのが目に入った。
「あれは確か…アプリェーリ?」
他の個体に比べて小さめの身体をしたポックル…アプリェーリは、こちらまで来ると鼻を頬に摺り寄せる。
「ふふ、くすぐったい。こんなところでどうしたの?もしかして、私を探しに来てくれたとか?」
の言葉にアプリェーリはこくりと頷いた。
「そっかありがとう。でもまだ帰れないんだ。リエルの誕生日にあげる花を探してるの」
アプリェーリは近くに咲いていた野花に視線を向ける。
「出来ればもっと違う花がいいんだよね。そうだ!あなたならゼラニウムの咲いている場所もわかるんじゃない?」
アプリェーリは少し悩んだ後、森の奥へと誘う仕草をする。どうやら連れてってくれるらしい。
「ありがとうアプリェーリ!」
アプリェーリに道案内をしてもらいつつ歩を進めると、少しして目的の花を見つけることが出来た。
だが喜んだのも束の間。
「た…高い……」
美しい紅のゼラニウムが生えていたのは、あろうことか切り立った崖の中腹だった。下から登るには骨が折れるし、上から降りるにも急すぎる。
「あそこ以外であの花見たことはないの?」
首を振るアプリェーリ。
「そっか…じゃああれを摘むしかないね。大丈夫だって私飛べるし!なんとかなる!」
は気持ちを切り替えるように頬を叩くと、目標を見据えた。今は万全ではないとは言え、自分は妖精の国の姫なのだ。空を舞うのは朝飯前である。
「翅は…うん、大丈夫。飛べる!」
短い呪文を唱えると、背中に半透明の翅が現れる。それを準備運動がてら数回羽ばたかすと、は意を決して飛び上がった。
「……っ!」
まだ若干…いやだいぶ痛みがあるが、思ったよりは軽度なのでこれならギリギリいけるだろう。
は風の力を借りて崖の中腹まで飛ぶと、そっと花に手を伸ばす。これでようやくプレゼントが手に入る…と気を抜いた瞬間、強い風が吹いた。
「きゃっ…!」
風に煽られて体勢が崩れる。急いで立て直そうにも、強風に煽られて自由が効かない。咄嗟に花を掴んだが、抵抗むなしく花は根ごと地面から剥がれた。そのまま地上へと向かって落ちていくは、身を襲うであろう衝撃に備えて目をつむった。
「………あれ?」
だが間一髪、が落ちたのは力強い腕の中だった。
「リ…エル…?」
ゆっくりと瞼を開ければ、目の前に居たのは予想もしない人物。どうしてリエルがここにいるのだろうか。
「良かった…!」
その場にしゃがみ込み、リエルはを抱きしめる。自体が飲み込めないは目を白黒させるばかりだ。
「えっと…あの、リエルはなんでここに居るの?」
「それはこっちの台詞だよ……」
ようやく一息ついたのか、リエルは真剣な表情での瞳を見つめる。
「それよりも先に、俺に言うことあるでしょ」
「えっと…あ!お誕生日おめでとうリエル!」
掴んだままの赤いゼラニウムを差し出せば、リエルはがっくりと肩を落とした。
「あれ?私間違ったこと言った?」
「ううん…もういいよ……」
怒る気力を失ったリエルは、ここまで来れた経緯を話す。
「が森へ行ったって聞いたから、ジュカーブ達に手伝ってもらって探してたんだよ。途中でアプリェーリに会ったでしょう?」
「あぁそっか、だからわかったんだ」
「でもこんな危険なことしてるなんて聞いてなかったから、見つけたとき凄くびっくりした。まだ病み上がりなんだからもうこんな無茶しちゃ駄目だからね」
「は、はい…ごめんなさい……」
「うん、よく出来ました」
の頭を撫でるリエル。
「花はもちろん嬉しいけれど、の無事が一番のプレゼントだから」
そう言って額にくちづけを落とす。突然のアプローチに、は花と同じくらい真っ赤になった。そんな様子を微笑ましく見つめるジュカーブとアプリェーリ。
「そ、そうだこの花どこかに植え直そう!根っこごと取っちゃったから」
「だったらいい場所があるよ。いつも一緒に日向ぼっこしてるところ。そこに他にも花を植えて、俺たちだけの秘密の花園を作ろうよ」
「わぁ!とっても素敵!」
それから二人と二匹は木漏れ日が優しく照らす道道を戻り、皆の待つ城へと向かう。この後もたくさん人たちから花を貰うだろうけど……一番最初のこの花が、ひと際美しく咲き誇るに違いない。