眠れぬ夜には傍に居て



夜も更け街も寝静まった頃。控えめに聞こえたノックの音は、窓の外からもたらされたもので。
「どうかしたのか?」
視線を本から窓の外へと移す。もはやそれが普通になって驚くことなど何もない。唐突に、窓からやってくる。とはそういうものだ。
「眠れなくて、外に出たんだけど街はもう寝静まってて、でもこの城はまだ明るくて、だからここまで来たの。それで窓を見たら、貴方が見えたから、」
そこでは言い淀む。普段の爛漫とした態度からは想像も出来ないような顔とこの言葉。そこから導かれる答えなら、察しが悪い自分でもわかる。
「それなら、中に入ればいい」
「!」
ハクの言葉に顔をあげる。翳っていた表情が明るくなり、少しだけ元気が戻ったように見える。は促されるまま中へ入ると、近くにあった椅子に丸まるように座った。
「リヴァエルはマテリアより夜が深いから」
少しして、はぽつりと呟く。
「マテリアはね、妖精の灯火が絶え間無く輝いているから、夜でも仄かに明るいのよ。月明かりよりも優しくて、星明かりよりも穏やかな光が国中を照らすから、夜が濃い場所はほんの一握りだけ」
脳裏にはその光景が鮮やかに映し出されているのだろう。は目を閉じながら、まるでそれを見ているかのように言葉を紡ぐ。
「いつもはすぐに眠れるから平気だったけれど、今日は不思議と目が冴えちゃって。そのまま夜を待っていたら、思っていたよりずっと暗かったからびっくりしちゃったの」
「それがここまで来た理由なのか?」
「だってこの城はいつでも明るいじゃない」
言う通り、 城には昼夜問わず火が灯っている。憲兵は交代で夜を明かしているし、現に自分だって今夜は夜更かしして読書をするつもりだった。
「眠くなるまで外に居ようかと思ったけれど、貴方が起きてて良かったわ。お陰で野宿紛いの事をせずに済んだもの。お礼に子守歌を歌ってあげる!」
「必要ない」
「遠慮しなくてもいいのよ?」
「まだ起きているつもりだったんだ。だから不要だ」
「あらそうなのね」
先ほどまで夜を怖がっていたのに、今では冗談交じりに笑っている。どうやら恐怖は去ったらしい。
「貴方に付き合って、夜更かしするのもたまにはいいかも。ねぇハク、お勧めの本はあるかしら?」
「そこの机の上のものなら、好きに読んで構わない」
「じゃあこれにするわ」
それから程なくして聞こえてきたのは、ページを捲る音ではなく安らかな寝息で。
「………」
ハクは側にあったブランケットをの上に掛けると、読みかけの本に視線を戻した。