手を引いて、恋の蜜花の咲くところまで
放課後の図書館で、よたよたと積み重なった本を運ぶのはよく見知った姿。一度にそんな大量の本を持とうとするなんて危ないと声を掛けるより早く、すぐさま駆け寄り雪崩の起きそうな本を抑えた。
「わっ…と!あぁ、シルバーですか。助かりました」
本の隙間から顔を出す。その顔には驚きの色が浮かんでいる。
「無理していっぺんに運ばなくてもいいだろう。ほら、半分持つから貸してくれ」
「ありがとうございます」
半分、と言ったが実際には三分の二ほど回収し、俺はの隣に並ぶ。
「そんなに持って頂かなくても大丈夫ですよ」
「いや、不安だからこれは俺が持っていく。また倒れそうになったら危ないだろう」
本の重みはなかなかのもので、これ以上を一度に運ぼうとしていたは一体なにを考えていたのかと問いたくなる。自分と比べてだいぶ細い腕もそうだし、全体的に肉付きは良くない。指摘したところであくまで素体の造りがそうだから、と言い返されるのがオチだから言葉には出さないが、それにしたって不安になる。
「まだまだ小さいと思っていましたが、逞しくなったんですね」
「子供扱いしないで欲しいんだが」
「ずっと子供のままでいてくださってもいいんですよ?」
更にはそんな事まで返され、俺はなんとも言えない気持ちになった。
「もう子供じゃない。一人前とはまだ言えないかもしれないが、マレウス様の護衛として日々精進しているつもりだ。だからせめて対等には見て欲しい」
それとなく要求をぶつけてみるが、は全く気にしてないといった風に本を机に置く。そうして俺が持っていた本を受け取り同じように置くと、くるりと振り返ってこう言った。
「私が、子供のままでいて欲しいんですよ」
「………」
「対等には見ています。貴方が私の所へ来た時からずっと。でもまだ大人にはなって欲しくありません」
その理由については、いくら追求したところで話してはくれないのだろう。俺は言い募りたくなる言葉を飲み込む。
「………」
本当はもっと踏み込んでしまえばいい。もし万が一でも可能性があるのなら、きっとそこからこの牙城は崩せる。鉄壁と称される茨の護り手は、存外人間味に溢れていて恥じらいがあるのだといつか親父殿が言っていた。それが本当だとしたら、その一手は大きな足掛かりとなるだろう。でも今はそれが出来ないから。
せめてもの抵抗のように、俺はの手を握る。
「っ!」
「なら、今は本じゃなくて俺を見てほしい。俺は子供なんだろう?我儘を言うのは子供の特権だ」
何食わぬ顔をして手を引く俺を、はどう思うだろう。幼子が親の気を引くようだと揶揄するのか、あるいは。せめて背伸びをした感情だと気付いてくれれば儲けものなのだが。
「ちょっと待ってくださいせめて本を片付けてから…!」
「待たない」
顔を赤くするに、思わず心がくすぐられる。その理由が自分の期待したものである事を祈りながら、俺は図書館から彼女を連れ出した。