逢瀬の残り香



VDCに向けての特別合宿と称して、オンボロ寮に滞在する事となってから早数日。
レッスンを終えたヴィルは、シャワールームへと足を運んだ。すると、先にシャワーを済ませたとすれ違う。
「シェーンハイト先輩、今日のレッスンは終わったんですか?」
「ええ。目標まではまだほど遠いけれど、ひとまず今日のノルマは終了。他のメンバーももうすぐ来ると思うわ」
「それならタオルとか用意しておきますね」
「お願いするわ……あら、その香り…」
から漂ってくる香りは、ヴィルが用意したスキンケアセットとは全く別のもの。つい先日までは特に気にならなかったから、最近になって使い始めたのだろう。しかしそれと同時に、どことなく既視感を感じるのは気のせいだろうか。
「ユニセックスな印象だけど、女性らしさも感じる香りね。これはツバキかしら?」
「多分そう…だと思います」
なんとも歯切れのの悪い返事に、ヴィルは怪訝な顔をする。
「多分?自分で選んだのにそんなのもわからないの?」
「えっと…その、これ、実は頂き物で……」
指摘されたは少し躊躇いの表情を浮かべ、次いで恥じらいながらこう答えた。
「………」
反応から鑑みるに、意中の相手からのプレゼント、というのが妥当な所か。
「そう、相手のセンスも中々のものね。この学園にそんな技量のある人間が居たなんて意外」
これ以上追求するのは野暮だと結論づけたヴィルは、そう言ってその場を後にした。





翌日。
次の授業は3-Dとの合同授業な為、ヴィルは手早く用意を済ませて教室へと向かう。すると、同じく教室へと向かうマレウスと遭遇した。
「あらマレウス、アンタが遅れずに来るなんて珍しいわね」
「シェーンハイトか。最近はVDCの準備で忙しいだろうに授業も欠かさず受けるとは、さすがはプロのモデルと言ったところか」
「当然よ。全てを完璧にこなしてこそのプロだもの。手を抜くわけがない」
「しかし合宿の場所はあのオンボロ寮なのだろう?それならさぞ苦労をしているのではないか?」
「思ったより快適よ。お気遣いどうも」
「……そうか」
「?」
取り留めもない世間話をしていると、ふと、香りが鼻腔をくすぐる。
「!」
「どうかしたのか?」
「……いや、なんでもないわ」
「?」
不思議そうにこちらを見つめるマレウスの視線に気づかぬフリをして、ヴィルは先に教室へと入った。
「………」
先程一瞬だけ漂ってきた香りが、昨日の記憶を呼び起こす。
確かはマレウスと同じく、あの妙な部活…ガーゴイル同好会に入っていた筈だ。そうでなくとも話している姿は幾度か目にした事がある。そして昨日感じた既視感の正体。わざわざオンボロ寮の話題まで出してきた辺り、恣意的なのかはたまた牽制なのか判別はつかない。ならもう少し突ついてみてもいいわけだがーー
「…それこそ野暮ね」
そんなもの気にする暇があるのなら、今は目の前のVDCに集中すべきだ。だから今はまだ、二人の間に漂う香りには気付かぬフリをしておこう。