月夜の貴方は僕のもの
夜の帳が下り、静まり返った世界に佇む人影。それは真っ直ぐに廃墟へと向かい、慣れた足取りで瓦礫の道を進む。壁が崩れて夜空の天蓋が差し込む部屋へと足を踏み入れると、そこには窓辺でぼんやりと佇むゴーストの姿があった。
「」
そう影に呼ばれたゴーストは、暫し瞬いた後にふわりと笑顔を向けた。
「マレウス、こんばんは」
影…マレウスはに近寄ると、その隣に腰掛ける。
「今日は良い月夜だな」
「えぇ本当に。真ん丸で明るくて、世界を飲み込んでしまうくらい大きく見えるわ」
窓から差し込む月明かりに照らされ、の姿は淡く輝く。シフォンを折り重ねて作ったようなその姿は、触れればたちまち闇に溶けてしまいそうなくらい儚かった。
「ねぇ、今日は何を話してくれるの?」
「そうだな、ではガーゴイルの話でもしようか」
「ふふ、それこの間も聞いたわよ?」
「でも嫌いじゃないだろう?」
「そうね、貴方が話してくれる事ならなんでも好き」
それから2人は月の光を頼りに、取り留めのない話に花を咲かせる。今日受けた授業の内容や寮での出来事…どの話にもは楽しそうに相づちを打つ。そんな姿がたまらなく愛おしくて、時が経つのを忘れてしまいそうになる。だがあっという間に時間は過ぎて、月が空の正中へと差し掛かった。別れの時間だ。
「あら、もうこんな時間。じゃあ今日はお終いね」
「まだ話し足りないんだが」
「駄目よ。貴方は帰って寝なくちゃ。だって学生なんだから、ね?」
「あくまでそれは立場上の話で、僕は一日くらい寝なくても平気だ」
「我儘言わないの」
不満げに呟くマレウスに、は困ったように微笑む。そして少し悩んだのち、小指を差し出した。
「じゃあ次の約束をしましょう?ここで貴方のことを待ってるから、また来てお話を聞かせて頂戴?」
「……わかった」
暫しの抵抗の後、マレウスはの小指に自らのそれを絡める。それはまるで彼女をここに繋ぎ止めるための魔法のようで、ほんの少しだけ不安が軽くなった気がした。
「次は別の話を用意してこよう。だから必ず此処に居てくれ」
「大丈夫よ。どこにも行かないわ」
「では、おやすみ」
「おやすみなさい、マレウス」
二人しか知らない秘密の逢瀬。再会の月夜を待ち侘びて、マレウスはまた闇夜へと舞い戻った。