恋の微熱は不治の毒薬
今日は授業が早い時間に終わったので、オンボロ寮には戻らずあそこで勉強しよう。ついこの間見つけた静かな場所は、生徒もなかなか来ない内緒のスポットだから。まだ日は高いからきっと暖かくて、とても過ごしやすいに違いない。
そう思ったが学園内の中庭を訪れると、そこには先客がいた。
「マレウス!」
「お前は…」
少し驚いた顔でこちらへ視線を向けるマレウス。ベンチに座り本を読む姿から察するに、どうやらここは彼のお気に入りの場所でもあったらしい。
「こんなところで会えるなんて凄い偶然ね。最近オンボロ寮に来てくれなかったから寂しかったのよ?」
前はよく顔を見せてくれたのだが、主人公達が入寮してからはマレウスが足を運ぶ機会がだいぶ減った。廃墟でなくなったから、との事だったが…その逢瀬を楽しみにしていたとしては随分と落胆したものだ。
「そうか?僕には十分楽しそうに見えるが」
「そういう皮肉は言わないの。でも…そうね、今凄く楽しい」
そう言ってはマレウスの隣に座る。
「だって私は何も知らないから、知識が増えるのが楽しくて。それに思い出せる事柄も出てきたから…これなら記憶を取り戻すことだって出来るかも!」
「………」
微笑むとは対照的に、マレウスの表情が少しだけ陰った。だがはそれに気づいていないようで、嬉しそうに会話を続ける。
「そういえば貴方はどんな勉強をしているの?それって3年生の教科書?」
マレウスの手元にあったのは分厚い教本。表題から察するに、錬金術の授業に使うものだろう。
「あぁ、丁度提出する課題があったからな」
そう言ってマレウスが取り出したのは、手のひらサイズの小瓶だ。小瓶に入った液体は透き通った薄紅色で、とても愛らしい印象を受ける。
「これは?」
「愛の妙薬、わかりやすく言えば惚れ薬だ」
「そんなものまで作らされるのね」
先日課題で声を変える薬を作ったが、三年生にもなると心を変える薬まで作るようになるらしい。さすがは魔法学校だ。
「恋心を形にしたら、きっとこんな色になるのかも。でもこれって実際に効果はあるの?」
素朴な疑問を浮かべるに、マレウスは挑発的な視線を向ける。
「試してみるか?」
「え?」
が言葉の意味を理解する間もなく、マレウスはその液体を口に含み唇を重ねた。
「っ!!」
流れ込んでくる液体は冷たいのに熱くて、身体の中が沸騰するかのような感覚に襲われる。この身体は人形だから鼓動なんてない筈なのに、どくどくとした熱が全身を駆け巡り思考があやふやになる。
「…ん……!」
が嚥下するのを確認した後、マレウスはゆっくりと唇を離した。惚けた表情で見つめる事しか出来ない見て、マレウスは満足そうな顔をする。
「その様子だと、効果はあったようだな」
ぐい、指で口元を拭う姿が蠱惑的で、ついさっきまであれが触れていたと思うとまた身体が熱くなった。だがしかしそれよりも。
「そ、それって……かだい、だったんじゃ……」
先ほど提出用の課題と言っていたのだ。そんな大事なものをこうも簡単に使ってしまっていいのか。
やっとの思いでが紡いだ言葉にマレウスは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに笑いだす。
「ふっ……課題か。確かにそうだが、この程度のものはいくらでも作り直せるから心配するな」
なるほど、さすがは世界屈指の魔法力を持つ妖精族の末裔。薬の調合は朝飯前らしい。
「そのままの状態で放り出すのも酷だろうし、落ち着くまではそばに居てやろう。安心しろ、これの有効摂取量はワイングラス一杯分。この量だとせいぜい30分が限度だ」
「………」
一緒に居るだけで胸がはち切れんばかりに苦しいのだから、本当は放って置いて欲しい。でもそれと同時に近くに居たい気持ちもあって、身動きの取れないは沈黙を貫く。
そんな複雑な心中を知ってか知らずか、マレウスはを抱きかかえて膝の上に載せる。
「?!」
「所詮は一過性の熱だ。だから今はその熱に好きなだけ浸っているといい」
一過性の熱などと口では言っているが…この分だとマレウスはそんな胸中も把握済みらしい。
だってこんな事されたら、治るものも一生治らない。