一難去ってまた一難



 陽もだいぶ落ち、夕闇が学園を包み込む時間帯。ディアソムニア寮へと向かう道の途中で、は良く知った声に呼び止められた。
「おぉ、丁度よいところに来たの」
「?」
 振り返り気配を確認する。そこに立っているのはどうやらリリアらしい。
「リリアかい?何か用かな?」
「購買でちと買い過ぎてしまっての。運ぶのを手伝ってくれんか?」
「ああ、構わないよ」
 リリアから手提げ袋を受け取ると、ずっしりとした重みが手に掛かる。確かにこれを一人で運ぶのは骨が折れるだろう。
「随分と重い物のようだけれど、中身を聞いてもいいかな?」
 の問いに、リリアは待ってましたとばかりに満面の笑みで答える。
「くふふ。これは全部食材じゃ!“やみなべ”という料理があると聞いての、面白そうじゃからわしもやる事にしたんじゃ」
「闇鍋……」
 確かリリアの手料理は、お世辞にも美味しいとは言えないと聞いた。自身が実食した経験はないのだが……以前料理の話を聞いた際に、マレウスが苦悶の表情で首を横に振っていたのはとても印象深い。ならば、ここでその計画はどうにか止めるべきだろう。
「リリア、ちなみに網鍋のやり方は知ってるのかい?」
「当然知っとるに決まっておろう。灯りを消した部屋の中で、好きに持ち寄った素材を鍋にぶち込んで有無を言わさず食べさせるんじゃろ?一度手を付けたら絶対に完食がルールのデスマッチじゃ!」
「うーん……まあ、そういうものでなくはない、ね……」
 少々過激な部分はあったが、知識としては概ね間違っていないようだ。
「そして、中に入れるものは何でも良し。メジャーなのは革靴と聞いたな」
 前言撤回。う網鍋自体があまりまともな料理とも言い難いが、その中でも最悪に近い知識を得てしまったらしい。さてここからどう軌道修正させるべきか。
「一部ではそういった事をするかもしれないね。だが現実的に考えて、革靴を入れるのはどうかと思うよ?革靴は食材ではないのだから」
「言われてみればそうじゃな」
「それに、もし自分で革靴を食べる事になったら困るだろう?」
「おお!自分で当たる事は失念しておった!」
 いや~うっかりしとったわ!と笑うリリア。どうやら本当に自分の身にそれが降りかかるとは想定していなかったらしい。リリアらしいとは言えるが。
「確かに闇鍋と言うのは、食文化の一つとして確立されたものではあるけれど……そうやって食材を粗末にしてしまうよりも、もっと有意義に使った方が良いと思うよ」
「それもそうじゃの」
 思いのほかリリアは聞き分けが良いようだ。これなら何とか闇鍋を止める事が出来るだろう。後は残った食材を上手いこと処理すればいい。食堂のゴーストに調理を頼んで寮生に振舞うか、それとも長期保存の効く料理にしてゆっくり消費すべきか。
 あれこれが策を巡らせていると、リリアの口から想定外の言葉が飛び出した。
「よし、じゃあこの食材でわしが茨の谷でよく作ったスープを作ってやろう!一口食べれば赤子も飛び起きる、特製の味じゃぞ!それなら寮生皆で食べても問題あるまい?」
「え?」
「郷土料理を振舞えて、英気も養える。同じ釜の飯を食えば結束も強まろうて。まさに一石三鳥、さすがわしじゃ!」
「いや、それは絶対に」
 やめといたほうが良い……とが止めるよりも早く、リリアは風のような素早さでディアソムニア寮に繋がる鏡へと向かう。わざわざ他人に手伝ってもらうほどの大荷物を抱えた者の動作とは到底思えない。
「……さて、と……これからどうすべきかな………」
 このまま放置すれば、下手したらディアソムニア寮壊滅の危機すらある。最悪のシナリオを回避する方法を必死に模索しながら、は急いでリリアの後を追った。