ディソムニア寮の談話室では、今年もオンボロ寮に贈るホリデーギフトについての話し合いが行われていた。メンバーはマレウス、リリア、、シルバー、セベクに、レポート提出の為帰校していたのお馴染みの六人だ。
「カップケーキ以外は確定として……僕はやはり、今年も食べ物がいいと思うんだが」
昨年の贈り物と被ってしまうのは面白みがない。だからそれ以外からセレクトするとして……最近外観が多少まともになったとはいえ、日頃から散々粗末な寮だと称さているなら、食費にまでは手が回っていないに違いない。ならばせめてホリデー中くらいは、美味しいものを食べさせてやりたい。そんな考えのマレウスの発言に、セベクはむせび泣きながら賛同の意を示した。
「なんと!! なんと慈悲深いお言葉!!! オンボロ寮の面々にも聞かせてやりたいです…!!」
「だとすると、おやつのセットが無難でしょうか?」
シルバーはプレゼント出来る品物のリストを確認しながら、候補をいくつかあげていく。
「菓子ばかりでは味気ないのう。よし! わしが昨年同様、ディナーにも流用できるようにアレンジ…」
「必要ないと思うよ。確かディナーは学園長が用意したって話だったし。それにおやつはトレイン先生とサムさんが用意していたはずだから……被る事自体は仕方ないとしても、直近で渡す品が被るのはオススメしないな」
リリアの暴走をやんわりと制する。しかしそこまで考えてギフトを選ぶのは、なかなかに至難の業だろう。
「他寮と先生方のギフトも加味しつつ選ぶとなると、更に選択肢が狭まってしまいますね」
議題が振り出しに戻ってしまい、はため息をつく。その後またいくつか候補が上がったが……どれも決定打に欠け、話し合いは難航してしまった。するとそんな状況にしびれを切らしたセベクが、突然声を張り上げる。
「ええいまどろっこしい!! マレウス様から賜るギフトは、人間風情が選んだ品とは比べるまでもない貴重なもの!! もはや別次元の存在といっても過言ではない!!! ですからマレウス様! ここはお好きなものを選んで問題無いと思います!!」
「しかしセベク、せっかくの贈り物だ。僕はきちんと選んでやりたい」
「そのお心だけで、もうあのちんちくりんには十分すぎるギフトです!!」
「誰がちんちくりんですって!!」
「?!」
セベクの声に負けじと張り上げられた講義の文句に、一同は一斉に扉へ視線を向ける。そこにはお馴染みの罵倒を受け憤慨すると、頭を抱えるの姿があった。
「お前たち、どうしてそこに?」
不意打ちを食らったかのような表情のマレウスたちに、は状況を察し……少しバツの悪そうな顔で答えた。
「昨日の勉強会でセベクが教科書を忘れて行ったから、届けに来たの」
「教科書? それなら明日でも問題ないだろう」
「明日の朝は移動教室だし、セベクとは選択科目が違ったから渡せないなって思って」
「ならばメールをすればいいだけのこと! 出向く必要などなかった!!」
「なによ! せっかく持ってきてあげたのに!!」
「なにおう!!」
「こらこら、やめるんじゃ二人とも!」
喧嘩に発展しそうなセベクとを窘めるリリア。二人の口論が落ち着くと、先ほどまで黙っていたが口を開いた。
「セベクにちょくせつ返しに行こうと言ったのはわたしです。それに、他にもわたしたいものがあったので来ました」
大事な話し合いのとちゅうにごめいわくでしたね、すみません。そう続けられてしまえば、セベクの勢いは一気に下火になる。セベクは悶々と悩んだ後、頭をかいて謝罪の言葉を述べた。
「いや、元々は忘れ物をした僕が悪い。すまなかった、感謝する」
「はい、これが教科書……でも、私たちも悪い事しちゃったわ。だってホリデーギフトの話し合いの最中だったんでしょ?」
よりによって渡すべき相手に聞かれてしまった。これではサプライズもなにもない。
「仕方ないだろう。お前たちは話し合いが今日だと知らなかったのだからな」
マレウスの言葉に皆が頷く。残念な結果になったとはいえ、もう起きてしまった事は仕方ないのだ。
「ならいっそ、とにも相談に乗ってもらおうか。渡す本人に聞くのが一番手っ取り早いわけだし、とグリムへのサプライズはまだ残っているわけだから……あの二人が喜ぶものを、一緒に考えてもらえないかな?」
「もちろん!」
「はい、きょうりょくします」
の提案に、とは二つ返事で頷いだ。その後二人に今までの進捗を伝え、他に良い候補がないかを模索していく。
「うーん……選択肢から選ぼうとして悩んじゃうなら、いっそのこと別の角度から考えてみるのはどう?」
は煮詰まってしまった現状を打破する為に、新たな提案を示した。
「例えば……冬、寒い時にもらうと嬉しいものとか!」
「寒い時に嬉しいもの、か……あ。ホットミルク」
各々思い当たるものを頭に浮かべる中、がぽつりと呟く。
「夜に見回りをしていた時にリリアがくれたあれ、凄く嬉しかったな」
「ああ、確かそんな事もあったのう」
その時のことを思い出したのか、リリアは瞼を閉じる。
寒い冬の夜、はディアソムニア寮内の見回りをしていた。寮長として寮を管理するのは当然だとしても、広大な敷地をたった一人で巡視するのは骨が折れる作業。終わった後の身体はとても冷えていて、早くベッドに戻って休もうとしていた時……起きていたリリアが、ホットミルクを淹れてくれたのだ。
「あの時は他に入れるものが無かったから、ただ牛乳を温めたものになって味気なかったがの」
「いや、あれで十分だったよ」
もしそこで別の何かを加えらえていたら、その思い出はトラウマとして残ったに違いない。
「リリア先輩のホットミルクでしたら、私も幼い頃に淹れて頂いた覚えがあります」
「ああ、そうじゃな。確か悪夢を見たと、おぬしが泣きながら起きてきた時じゃったかのう」
「そっ、そこまで暴露しないでください……!」
恥ずかしい思い出まで掘り起こされて、は顔を真っ赤に染める。だが恥ずかしい思い出とは言え、大事なものには違いない。の表情は思いのほか嬉しそうだった。
「僕も覚えておりますリリア様!」
「ああ。俺とセベクも、もらった事がある。あの時もやはり食材を追加しようとしてたから、が止めてくれて助かった」
「その代わりに、様が蜂蜜を入れてくださったのですよね!」
「蜂蜜?」
「はいマレウス様!! 滋養強壮として入れるなら唐辛子よりこちらの方がずっといいと、様が仰ったんです」
牛乳に唐辛子を入れようとするのはいかにもリリアらしい調理法であるが……マレウスはそれよりも別の事柄に気が付いたらしく、しばし思案する。そして。
「それなら、今年のオンボロ寮へのホリデーギフトは開花の蜜にしよう。、オンボロ寮に牛乳はあるな?」
「それならちゃんとストックがあるから大丈夫よ。ホットミルク用の蜜、凄く素敵なギフトね。それに、ホットミルクなら私たちのギフトと合わせて、素敵なアレンジも出来るわ!」
はに目配せすると、は頷き、持ってきていた鞄から小瓶を取り出す。
「さっき、教科書の他にもわたすものがあったと言いましたよね? それがこれです」
机の上に置かれたそれは、真っ赤に熟れた果実がたっぷり使われたジャムだった。談話室の灯りに反射して、瓶がゆらりと煌めく。
「マレウス達からは、毎年ギフトをもらってるでしょ? だから、今年は私たちからも贈り物をしたくて。と一緒に、オンボロ寮のお庭で育てた果実をジャムにしてみたの。とグリムへのものは寮に保管してあるから、これはマレウス達の分」
貰ってくれるかしら? そう締めくくられた後も、マレウスはきょとんとした顔で固まったままだ。まさか贈り物を受け取る側になるなんて、想像していなかったのだろう。
「……もしかして、ジャムは苦手だった?」
不安そうなの言葉に、マレウスは慌てて首を振った。
「いや、まさかお前たちからも貰えるとは思っていなくて驚いただけだ。ありがとう、、」
「喜んでもらえたなら嬉しいわ。ね、」
「はい」
他の面々もマレウス同様、突然のギフトに最初は驚いた表情を浮かべていたが、その後すぐに感謝の言葉を述べた。
「では、ギフトの話し合いはこれで終了だな。せっかくだし、この贈り物を早速堪能しようと思うのだが、皆はどすうる?」
「もちろん賛成ですマレウス様!! 茶器を準備して参ります!!」
「では私は蜂蜜を用意しますね。茨の谷から持ってきたものが、部屋にまだ残っていたはずです」
「僕は購買で牛乳を買って来るよ。シルバー、荷物運びの手伝いをしてもらえるかい?」
「もちろんだ」
セベクは茶器、は蜂蜜、とシルバーは牛乳と、各々が準備に取り掛かる。マレウスとはお茶会を開くためのセッティングを始めたので、この場にはリリアとが残された。
和気あいあいと用意をするマレウスとを眺めながら、が呟く。
「リリアさんとの思い出が、みなさんあるんですね」
「ん? そりゃあ、わしは皆より長生きじゃからのう。年寄りの特権じゃな」
ニコニコしながら作業を見守るリリアを横目に、はこう続ける。
「実はわたしもねむれない夜に、両親にホットミルクをいれてもらった事があるんです」
茨の谷で採れたという花の蜜とジャムを入れたホットミルクは、両親が大事に育てた花や果実を使った特別な物。一口飲むと瞬く間に胸のつかえが取れ、まるで魔法のようだと思った。そんな大事な思い出がにもあって、それはきっと、こんな瞬間の積み重ねの先にあったものなのだろう。
はリリアに向き合うと、真っすぐにその瞳を見つめる。
「リリアさん。あなたのつむいだ糸は、ちゃんとつながってます」
「!」
「だから、だいじょうぶです」
リリアはの言葉に目を見張った後──
「……そうじゃな」
先ほどの思い出を語った時と同じ、穏やかな顔で微笑んだ。