ホリデー期間中、多くの生徒は故郷へ帰り家族と共に過ごす。だがオンボロ寮の生徒は帰るべき故郷を持たぬ者しかおらず、休暇中も学園内に残っている。そんな彼らに少しでもホリデーの気分を味わってもらおうと、各寮から少しばかりではあるが、プレゼントが用意されることになった。そしてここディアソムニア寮では、カップケーキを贈ることに決まった……のだが。
「全く…こんなにたくさん用意するなんて。限度をご存じないんですか」
 文句を挟みつつ、は魔法で器用にカップケーキをラッピングしていく。その小言を甘んじて聞きながら、マレウスは同じように魔法でカップケーキに祝福の光を降らした。
「せっかくの贈り物なんだ。少なすぎるよりいいと思ったんだがな」
「だから、限度を考えてくださいと言ってるんですよ。少しなら証拠隠滅も簡単だったのに、こんなに用意するなんて」
 二人の目の前にうずたかく積み上げられているのは、ホリデーで贈る用のカップケーキだ。 その数は実に百個を超えており、一日三食、一つずつ食べる計算で用意してある。 そしてそれは、今にも調理台の机の上から溢れそうになっていた。
 他の寮であったなら、量はどうあれ特に問題なくこれをオンボロ寮のたちに贈る事が出来ただろう。 だが、この寮には居るのだ。全ての料理を魔改造してしまう、恐ろしい相手が。そんな相手に見つからないようこれを処理し、オンボロ寮まで運ぶのは至難の業。 よってマレウス達は協力し、その相手に悟られないよう細心の注意を払ってカップケーキの梱包に勤しんでいるのであった。
「あといくつ残っている?」
「これで丁度半分といったところですね。幸い、シルバーたちから連絡はありません。このペースなら問題無いでしょう」
「そうか。だが急ぐに越した事はないな」
「はい」
 マレウスとはカップケーキに向き合うと、各々ペースを上げていく。そして、このカップケーキが無事オンボロ寮へと到着することを祈った。


***


 ところ変わって、ディアソムニア寮の談話室。 シルバーとセベク、そして帰寮していた為巻き込まれたは、リリアと共に課題に取り組んでいた。だがリリアは早速飽きてしまったらしく、退屈そうに教科書を捲ってはため息をつく。
「つまらんのう。教科書に載っている内容をそのまま記入させるより、身体で覚えた方が早かろうに」
「自由にカリキュラムを組める授業なら可能だろうけど、ここは大人数が通う学び舎だからね。なかなか難しいんじゃないかな」
「なら暇な今がチャンスじゃ! お主らだけ特別に、わしが直接指導してやろう! 早速外へ行くぞ!」
 リリアは立ち上がって中庭へ行こうとするが、それをがやんわりと止める。
「今回の課題に関しては、座学で十分補える内容だよ。それに二年生と一年生では履修内容も違う。丁度ここには君と僕の先輩二人が居るのだから、シルバーとセベクそれぞれ教えてあげればいいんじゃないかな?」
「俺もそれに賛成だ」
「リリア様! それなら是非僕にご指導をお願いします!」
「そうか?そこまで言うなら仕方ないのう!」
 リリアは気を取り直して席に座ると、意気揚々とセベクに個人授業を始めた。 そんな様子を横目に見つつ、シルバーとは胸を撫でおろす。
 談話室から中庭まで行くには、調理室を通らねばならない。そして今そこにはマレウスとがおり、カップケーキの梱包作業をしている。 万が一見られでもしたら、この計画は全て水の泡になってしまう。
 そう、彼らの真の目的はリリアをこの場に留めておくこと。全ての料理を魔改造してしまう恐ろしい相手であるリリアを、絶対に調理室へ近づけてはならないのだ。
「シルバー、段取りはどうだい?」
「今丁度半分を過ぎたところだ。ペースを上げているから、あと少ししたら終わる」
 はシルバーに教える振りをしながら、さりげなく調理室での進捗を尋ねる。シルバーはスマホの画面を確認すると、同じように返事を返した。 からの連絡によると、作業は折り返し地点らしい。
 すると、そこに割って入るように他寮生が顔を出した。
「すみません、学園長から連絡を預かってきたんですが……ディアソムニア寮の寮長は、今どこにおられますか?」
「ん?マレウスなら居ないぞ。代わりに副寮長のわしが聞いてやろう。何の用じゃ?」
「ホリデー用のギフトについてです」
「?!!!」
 せっかくその話題から引き離そうとしていたのに、何故その話題を持ってくるのだ。リリア以外の三人の顔が一気に緊迫したものに変わる。だが他寮生はそれに気づかないようで、リリアとの会話を続けた。
「たくさん用意していているようだから、もし余ったら欲しいって言ってました」
「余るかどうかは到着してからでないとわからんのう……のうシルバー、カップケーキはいつ届く予定じゃ?」
「あー……確か、業者の手配が遅れていてもう少し掛かると」
「そうか。じゃあ届いたら改めて連絡するとするか。お主、ご苦労じゃったの。褒美にこれをやろう」
「えっ……」
 リリアは真っ黒な飴を他寮生に手渡す。他寮生は反射的に受け取ったが、その顔には明らかに困惑の表情が浮かんでいた。
「遠慮するな。食べると癖になる味じゃ!」
「あ、ありがとうございます…?」
 他寮生は更に困惑を深めたまま談話室を出ていく。だがその場に残された者たちは、今にもバレそうだった事に冷や汗を流していた。
「どうした?お主らも腹がすいたのか?」
「………」
 引きつった笑みで黙り込む三人に、リリアは首を傾げる。
「もしかして、勉強に疲れて糖分が足りてないのではないか? ならカップケーキの話題が出たことだし、わしが特製のカップケーキを焼いてきてやろう!」
「?!!!!!」
 先ほど以上のピンチに、三人はぎょっとした顔をした。いくらなんでも一気に面倒事が訪れすぎではないのか。
「糖分なら足りてるから気にしないでいいよ。万が一食べるなら、購買で買ってくるし」
「そうですリリア様!お気持ちだけで十分です!」
「食堂のデザートをもらいに行く手もあります。親父殿は休んでいてください!」
「そんなに遠慮するでない! 実はカップケーキのデコレーション用に、材料は買ってあったんじゃ! 試作もかねて作るとするかの!」
「要らないから!大丈夫だから!!」
「リリア様どうかお戻りください!!」
「考え直してください親父殿!!」
 必死で止める三人に怪訝な顔を向けつつも、リリアは魔法でその場から消え去ってしまう。残された三人は、絶望した様子で顔を見合わせた。


***


 場所は戻って調理室。何とかラッピングが終わり、あとは箱に詰めて当日までカップケーキを隠しておけば任務完了…と思った矢先。
「お? お主らも料理中だったのか?」
「?!!」
 一番聞きたくなかった声に、ぎょっとするマレウスとが慌ててスマホの画面を確認すると、リリアがそちらに向かっていると知らせる通知が丁度来たところだった。 電子機器よりも先に到着するあたり、さすがリリアと言うべきか。だがお陰で状況は最悪だ。
「なんじゃ、カップケーキ届いておったのか。ならわしに知らせればよいものを。手伝う気満々だったんじゃぞ?」
「叔父様のお手を煩わせるわけにはいきませんし……それに、もう終わりましたので」
「ああ、丁度梱包が終わったところだ。もうお前の出番はないぞ」
リリアの目から何とか離そうと、二人はカップケーキを背後に隠す。だがリリアはそれを一つ取り上げると、魔法で器用にラッピングを解きだした。
「祝福の魔法はかかっているようじゃが、市販のものをそのまま渡すとは面白みがないじゃろ? ほら! そのために沢山用意してきたから、遠慮なく使え!」
「………」
 リリアが差し出したのは色とりどりの食材。ただそう聞くだけなら、装飾にも使えると勘違いしそうになるが……実態はもっと恐ろしい。色鮮やかなそれは、どれもカップケーキに絶対に使う事のない食材だった。
「毎食食べられる数なんじゃろ? なら栄養バランスも考えねばなるまい。ほら、これとかどうじゃ?」
 そう言って差し出されたのは鮮やかな黄色いたくあん。その隣にはトマトと、青唐辛子が並んでいる。
「クリスマスカラーで綺麗じゃろ! たくあんは星の形に切ると見栄えもよかろうて!」
「彩りだけ見るなら確かにそうかもしれませんが…!」
 いくらなんでもカップケーキにそぐわなすぎだろう。味や調和度外視のセレクトこそが、リリアの料理が悲惨になる所以である。
「じゃあこれを使うとするか。甘いものばかりじゃ飽きるからの。味変じゃ!」
 リリアは次にタバスコを取り出すと容赦なくカップケーキに振りかける。カップケーキのきつね色は見る見るうちに真っ赤に染まり、目にも痛々しい色合いになった。
「リリア、少しは限度を考えろ」
「ん? 大丈夫じゃ、きっと美味い!」
 マレウスが苦言を呈するが、リリアは一切耳を貸さない。あれよと言う間にラッピングは解かれ、カップケーキの山は地獄絵図に変わった。
「………」
「よし、これで終いじゃ!」
 満足げにそれを眺めるリリアと対照的に、マレウスとは放心した顔でそれを見つめる。結局、先ほどまでの苦労は全て水の泡になってしまった。


***


 リリアによる料理テロにより、カップケーキが全て無駄になってしまった後。
 マレウス、、シルバー、セベクの五人は、カップケーキだったものの処理に追われていた。
「こんなに大量のカップケーキを処分しなくてはならないのは、さすがに気が引けるな……」
 段ボール箱にそれを詰めながら、シルバーは残念そうに呟く。だがこれは到底可食出来るものではない。自身の養父ながら余りの暴挙に眩暈がしたが、かといってリリアも悪気があってやったことではないのだ。だから尚更頭が痛かった。
「いっそのこと学園長にあげようか。欲しがってたし」
 元はと言えば、リリアにカップケーキの話題を持ってきたのは学園長なのだ。処理役になってもらうのもやぶさかでないだろう。 さらりと言ってのけたに、マレウスは思いのほか色よい反応を見せた。
「ならば食べやすいように、もう一つ贈り物をしてやろう。食欲をそそる見た目に変えてやれば、学園長も喜ぶに違いない」
 マレウスが魔法をかけると、あっという間にカップケーキは一般的なスイーツらしい見た目に変わる。これなら問題なく渡せるだろう。
「しかし若様、処理方法は決まったとして、オンボロ寮へのプレゼントはどうしますか? また改めて買うとしても、当日に間に合うかどうか……」
「それなら、こちらで代用しましょう」
 は少しだけ残念そうな顔で、五つのカップケーキを差し出す。それはリリアに魔改造されていない、ごくごく一般的なカップケーキだった。運よく残っていたのだろうか。
「頑張ったご褒美にと、人数分隠しておいたんです。まさかこんな使い道になるとは思いませんでしたが、ないよりはマシでしょう」
 代わりに私たちへの労いは無しです。と付け加える。だがこの際仕方ないだろう。百個以上からたったの五個と急激に数は減ってしまったが、プレゼントは気持ちが大切なのだ。きっとオンボロ寮の面々もそう言ってくれるはず…と思いたい。
「そうだな。その分これに、贈り物の気持ちを込めるとしよう」
 気を取り直して、マレウスが魔法をかける。、シルバー、セベクもそれに倣って魔法を使えば、カップケーキはキラキラと輝き魔法の粒子が粉砂糖のように降りかかった。
「喜んでもらえると良いな」
「大丈夫です!! だって若様から直々に賜るプレゼント!!! 泣いて喜ぶはずです!!!!」
 拳を突き上げるセベク。万が一喜ばなかった場合、武力行使で感謝を伝えさせるのも辞さないと言った様子だ。その姿を苦笑しながら、とシルバーも賛同する。
「数なんて、大した問題ではありません」
「マレウス様のお気持ちは、きっと伝わります」
「そうだね。……さて、これだけはリリアに見つからないよう、きちんと隠しておかなくちゃいけないね。あと他のカップケーキの処理に対する言い訳も考えないと」
 あれこれ事後処理を考えながら、は今度こそリリアにバレないよう、カップケーキを鍵付きの棚にしまい込んだ。これで当日までは問題ないだろう。
「今度は上手くいくといいね」
 の言葉に、その場にいた全員が深く頷く。予想外の形となったプレゼントがどう受け取られるのか少々の不安を募らせながら、彼らはホリデー当日を待ちわびた。