1/366
「誕生日いつなの?教えないさいな」
の口から唐突に言われた言葉に一瞬詰まる。
何をいきなり言い出すのだろうか。
「貴女に教える義理はありません」
スペードはその言葉を冷たくあしらうと、要件は済んだとばかりにその場から立ち去ろうとする。
誕生日なんてくだらないイベント、しかも自分。そんなものに付き合う義理はない。
「だったら勝手に作るけど」
「………は?」
こちらの意見は聞くつもりがないらしい。
いやしかしそれよりも、今先ほど放ったの言葉の方が問題だ。
「今なんと?」
「勝手に誕生日作ってお祝いするって言ってるの」
さも『素敵な事をするのよ』と言いたげな表情のに頭が痛くなる。
「何わけのわからない事を言ってるんですか」
勝手に誕生日を作るという考えに至る頭についていけない。最初からついていく気もないが。
そんなスペードの意見も意思も全て無視しては続ける。
「決めた。今日が貴方の誕生日よ、D・スペード」
スペードを指差す。しかもいわゆる「どや顔」で。不愉快極まりない。
「相手になりませんね」
これは早々に話を打ち切るべきだ。そう結論づけ、スペードは足早にの元から去った。
まず彼女の話を聞こうとした自分が馬鹿だった。こんなくだらない話をするくらいなら、ボンゴレの今後について考えていた方がよっぽど有意義なのに。
「全く、無駄な時間を過ごしました」
どうせ唐突な思いつきなのだろうし、相手にしなければも諦めるだろう。
一方、はスペードの後ろ姿を眺めつつ悪戯を企むような笑みを浮かべていた。
「ふふ、逃げたって無駄よ」
という不穏な言葉を呟きながら。
「………何ですかこれ…!」
から逃げるために数時間ほどボンゴレの屋敷を離れたうちに、自室はとんでもないことになっていた。
明るく可愛らしい飾りつけ。
美味しそうなディナー。
そして律儀に『Buon Compleanno!』と書かれたチョコプレートの乗ったケーキ。
簡単に言えば、彼の自室はパーティー会場として占領されていたのであった。
盛大にその整った顔を引きつらせるスペード。
「あ!やっと来た!ちょっと何その顔。せっかくの美形が台無しじゃない。顔しか取り柄ないんだから、笑ってなさいな」
随分と失礼なことを言いながら、はスペードに近づく。
「………」
彼女が一歩ずつ歩み寄るたびに、スペードは同じように後ろにさがった。嫌な予感しかしない。
「主役が遅れちゃ駄目でしょ?ほら、こっちに来なさい」
にこにこと微笑みながら容赦なくはスペードとの距離を詰めていく。
「だから私にはこんなこと必要ありません。遠慮しておきますよ」
さっと踵を返し、その場から逃走しようとした瞬間。
「そうはさせないよ」
背後から何者かに羽交い締めにされた。
「………アラウディ」
「ご名答」
「なんですか、貴方もこんなくだらない茶番に付き合っているのですか?」
こういった類は自分と同じく、いやそれ以上に嫌いに見えるのに。一体どんな風の吹き回しだ。
「まぁね。君への最高の嫌がらせになるだろうから」
「そうですか」
基本的に馬が合わないスペードとアラウディ。ボンゴレを支える為なら構わないと放置していたが、今回はそれが裏目に出てしまったらしい。
相手が本気で嫌がり、なおかつそれを眺めて良い気晴らしになるのなら多少くだらなかろうが実行する。
そうだ、此奴はそういう男だった。
「ありがとうアラウディ。そのまま椅子に座らせて。一番奥の席ね」
「了解」
アラウディはの言葉に従いスペードを連行する。
律儀に手錠をはめてくるのが余計に腹立たしい。
「逃げられないようにしっかり椅子に固定してね」
「………」
彼女は本当に祝う気があるのだろうか。
「Buon compleanno!」
楽しそうな声と共に、高らかにグラスが掲げられた。
各々が近くにいる相手とグラスを合わせる音が響く。
「ほら、スペードも乾杯」
隣に座っていたがグラスをかざす。中に入っている赤ワインの表面が波打ち、綺麗な波紋を映し出す。
「やるわけないでしょうくだらない」
無理矢理座らされたあげく、椅子に縛り付けられているのだ。こんな惨めな格好で楽しめと言うほうがおかしい。
「それに、今の私は囚われの身。グラスを傾けるどころか、身動きすら取れませんよ」
「まぁまぁそうイライラするな。だろう?せっかくの祝いの席なんだし、な?」
とは逆隣に座っているジョットもグラスをかざす。
「………なんで貴方まで参加してるんですか。マフィアのボスである貴方がこんなお遊びに付き合うなんて……ファミリーの志気が下がるでしょう」
が企画したスペードの(強制)誕生パーティー。
自分への嫌がらせとしてアラウディが手伝っているだけだと思っていたが、蓋を開ければスペード以外の守護者全員、そしてボスまでもが参加していた。道理でこの短時間で準備が出来たわけだ。
「こうやって共に記念日を祝うことで、より結束力が増す…と言う考え方は出来ないのか?」
ジョットはスペードを縛っていた縄と手錠を外し、グラスを手渡した。だがスペードは乾杯を無視し、ワインの注がれたグラスに口をつける。
「では百歩譲ってそれが成功したとしましょう。ですが、今日が私の誕生日だという確証は無い。そんな曖昧な話に踊らされて、違っていたときの落胆は計り知れないものですよ?」
「そんなこと無いわ。今日は貴方の誕生日」
真剣な表情のが口を挟む。
「まだ言いますか。違いますよ」
何故彼女はそこまで自分の誕生日にこだわるのだろうか。
「いいえ、合ってるわ」
真っ直ぐな視線をぶつけえあれ、まるで心の中を見透かされているような錯覚に陥る。スペードは思わず目を逸らすと、焦りを気取られないようワインを一気にあおった。
「………まぁ私は別に誕生日に執着などしていませんからね。何時でもお好きに祝ってくれて構いませんよ。ただし、私に迷惑をかけない程度にしてください」
あくまで冷静を装うが、どうも腑に落ちない。
もしかして、はーー
誕生パーティーは深夜まで続き、今現在自室に起きているのはスペードのみ。他は一人を除いて皆酔い潰れて雑魚寝しており、あんなに喧しかった部屋は静寂に包まれていた。
(何でわかったんでしょうね……)
単なる偶然だとしても。その確率は366分の1。
本当に、今日は自分の誕生日だったのだ。
考え無しに行動しているように見えて、案外わかって動いているのだろうか。
「まさか……ね」
スペードはの元へと歩み寄る。
一応女だからということでソファーに寝かされているが、こんな場所で危機感無く熟睡している。周囲は身内と言えど男ばかりで、もしかしたら間違いが起こるかもしれないのに。完全に無防備な姿を眺めていると、きっと何も考えていないのだろうという結論に辿り着く。そんな能天気な彼女にわかるはずがない。
でも。
もし本当に知っていたのだとしたら。
そして、それを悟られないよう入念に計画していたのならーー少しは、感謝してもいいのだろう。
「………」
スペードはに近づくと、起こさないようにそっと額に口づける。
「Grazie. 」
夜の帳に、小さな感謝の言葉が溶けていった。