前向く勇気は貴方がくれるから



困った。どうしよう。そんな言葉しか浮かんでこない。
は今、ピンチに陥っていた。
今日は先月同盟を組んだファミリーとの立食パーティーで、守護者であるはほぼ強制的に参加させられていた。リボーン曰く、女性であるが参加すればきっとボスが顔を出すだろうとのことらしい。どうやら相手方のボスは相当の女性好きのようだ。ちなみにクロームは別件がありこの場にはおらず、側にボンゴレの仲間はおれど女性は一人という非常に気まずい立場となっていた。そして幸か不幸かリボーンの目論見は見事に当たり、の目の前には目的だった相手が立っている。
「まさかボンゴレの守護者である貴女にお越しいただけるとは光栄です」
にこやかに話しかけてきたのは相手ファミリーのボスその人。恰幅の良い身体に纏うのは高級そうなスーツ。手にはギラギラと煌く指輪。いかにもマフィアですといった出で立ちである。
「え、ええ…私もお会いできて光栄です…」
ぎこちないイタリア語で返事をすれば、相手は更に笑みを深める。
「しかし本当にお綺麗だ。空から舞降る冬の妖精を人の形にしたら、きっと貴女のような姿になるに違いない!」
「………」
イタリア人男性の十八番と称される気障なセリフ。普通だったらお世辞だと分かっていても嬉しいのだが、今は正直苦痛でしかない。だってここで相手を刺激してしまえば、このパーティーは全て白紙になってしまうのだ。下手な返事は出来ない。
幸い相手が友好的なのが救いだが、歯の浮くようなセリフを言われて笑顔で返せる程の経験値は高くなかった。
「お世辞がお上手なのですね…!」
うふふ、なんて普段絶対使わないような笑い方をしてお茶を濁す。だってそうしなければ今にも引きつった顔を晒してしまいそうだ。だが控えめに微笑む反応を照れと受け取ったのか、相手は気を良くしての腰に手を回す。
「?!」
思わず手を振り払いたくなったが、ここは我慢だ。これくらいの接触は想定内である。
「お世辞だなんてそんなまさか!心からの本音ですよ、お嬢さん」
「………」
お嬢さん、だなんて言うあたり完全に見下されている。ここはボンゴレの威厳を保つために強く出るべきだろうか。それとも上手く話を合わせるべきか。そんな思考を巡らせていると、次に相手はの手を握ってきた。
「こんな素敵な方が同盟相手で良かった。もし宜しければ、もっと貴女について知りたいものです」
あーはいはいこれもう完全にセクハラですこれ後で絶対リボーンに文句を言おう。そして特別手当を貰って有給使おう。でもその前にこのピンチをどうにかして乗り切らなくてはいけない。はどうにか掴まれていた手を振りほどこうとして
、遅くなって申し訳ありません」
「!」
背後から呼ぶ声に、動きが止まる。
なんだ、来るなら初めからそう言ってくれればいいのに。それよりももっと早く来い。こんな状況になるまで来ないなんて。
遅いという文句や怒りが胸の中に溢れる。でもそれよりも嬉しくて、安心する声。
「遅かったじゃない」
骸、と続けようとして思わず固まる。……誰だこいつ。
「すみませんちょっと別件の仕事が立て込んでまして」
混乱している時だったから一瞬その声を骸かと勘違いしてしまったが、その見た目は明らかに違う。人を覚えるのが苦手な自覚はある。だが今日一緒に来たボンゴレの人間はさすがに全員覚えているし、ボスの様子から相手のファミリーの構成員とも違うようだ。
「ですが貴女が心配だったから急いで終わらせて来たんですよ。だからもっと喜んでください」
「………」
あぁ、この喋り方。何より初めに感じた感覚。勘違いしてしまった理由。なるほどそういうことか。
「そうね、丁度いいタイミング。周りが素敵な方ばっかりでドキドキしてしまって…ちょっと涼んできたいから一緒に来てくれる?」
「もちろん喜んで」
「大変申し訳ないですが、一度席を外させて頂きますね。よろしいですか?」
「え…?あぁ、構わないが…」
虚を突かれた形のボスを一人残して、は正体不明の助っ人と共に部屋を出た。そして人気のなさそうな場所へ行くと、相手を真っ直ぐ睨みつける。
「なんで来たの」
「おや、助けてあげたのに酷い言われようですね」
「だって今日は一緒に来れないって」
「僕は、ね」
謎の人物…もとい骸は、だから嘘はついてませんと続けた。どうせ元々後から合流する気で、先にめぼしい人物を憑依対象としていたのだろう。その行為自体には色々思うところがある…が、今回はそれで助かっているから敢えてそこには触れないでおく。
「愛しい恋人のピンチに駆け付けるのは、男として当然の務めですよ」
またもや歯の浮くような甘い台詞。だが相手が恋人だと素直に嬉しくなってしまうのは、惚れた弱みとでも言うべきだろうか。
「恋人ねぇ……そういえば、さっきので勘違いされたかも」
「何をですか?」
「私の恋人は骸じゃなくて、その憑依している人だって思われたかもしれない」
だって相手は自分からを奪った人間が骸だと気づいていないのだ。きっとこの見ず知らずの人間を「愛しい恋人のピンチに駆けつけた者」と認識するに違いない。
「大丈夫ですよ。次は別の人間を使いますから」
「なにそれ私が何回もこんな状況に陥る前提なの?」
「貴女のことですから大いに有り得ますね」
「そりゃ絶対ないとは言い切れないけど…でもそれだと次は私が男を取っ替え引っ替えしてるような女だと勘違いされるから嫌」
「なら自分で切り抜けてください」
「出来ないからこうやって助けてもらってるんでしょ」
「善処しなさい」
「してる」
「進展が見られません」
ああ言えばこういう。本当に骸は容赦がない。だが同じような事態に陥っても、毎回こうやって助けてくれるのだから心配はしてくれているのだろう。それに多分、骸が確実に助ける事を踏まえてリボーンはに仕事を割り振っている。そしてその考えをわかった上で骸は助けてくれるのだから、これはもう相当愛されていると言っても過言ではない。
だがこんな言い方されるとそのまま受け取れないのもので。
「…あ」
「?」
「毎回来る人違うと、骸も可哀想なことになるかも」
「どういうことですか?」
「多分私が取っ替え引っ替えしてる男のうちの一人にカウントされるってこと」
「………」
なんとも言えない表情をする骸。よし、そんな顔するくらい嫌だと思われたのなら上出来だ。さっきの失礼な発言は帳消しにしてあげることにする。
「まぁ何はともあれ助かったわけだし、感謝はしてるよ。ありがとう」
打って変わって素直にお礼を言えば、骸も素直に返事を返す。
「いいえ、どういたしまして」
見た目は違う人間のはずなのに、まるで骸が直接目の前で微笑んだように錯覚するのはこちらもだいぶ絆されているせいだろうか。それだけで、前を向く気になれる。
「さてと。そろそろ会場に戻りますか!」
「頑張ってください、ボンゴレの守護者さん?」
「もちろん。さんの本当の実力見せてあげる!」
「それは大いに楽しみですね」
さっきまでは嫌で仕方なかったあの場も、一緒に行くなら全然苦にならない。
だって隣にいる存在が、何よりも勇気をくれるのだから。