噂は時に現実を追い詰める



授業終了のチャイムが鳴り、教室はざわめきに包まれる。
部活に行く生徒、そのまま帰る生徒、はたまた寄り道して遊びに行く生徒。そんな中に混じって、クロームはそわそわとした気分で席を立った。
今日はこの後ちゃんの家で夕ご飯だ。せっかくだし、デザートにケーキでも買っていたら喜んでくれるかな。そんなことを考えながら教室を出ようとすると、女子数人から声をかけられた。校章の柄から上級生だろうか。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけどっ!」
「えっ…?」
あまり時間がかかるとちゃんの家に行くのが遅くなってしまう。もし長くかかるようなら急いでいると断った方が良いだろうか。クロームは困惑した表情を浮かべるが、女子達はそんなことなどお構いなく話を続ける。
「最近城島くん柿本くんと一緒に居るよね?樺根くんは?」
「かばね…?」
「ほら、入学当初二人と一緒にいた人!髑髏さんが来るようになってから全然学校来ないんだもん!」
二人と一緒に居た…ということはもしかして骸様だろうか。確か偽名を使って入学していたと聞いた気がする。だとしたら「かばね」というのは彼の偽名だろう。
「えっと、む…じゃなかったかばねさ……ん、は今忙しいみたいで…」
さすがに復讐者に捕まってイタリアに居ます、なんて言っても信用してくれないだろう。それに様付けにして呼ぶと変な顔をされそうなのでここはさん付けで通しておく。
「じゃあまた来るってこと?!」
「それは…わからない…」
「髑髏さんあの二人と知り合いってことは樺根くんのことも知ってるんじゃないの?髪型だって似てるし、妹とか!」
「妹じゃない…」
髪型が似ているのは犬にこの形に切られてしまったからで、血縁だからという意味ではない。
「じゃあ………恋人?」
予想外の問いかけに、クロームは首を横に全力で振った。恋人だなんてまさか。確かに助けてもらったから敬愛こそしているが、そこに恋愛感情はない。
「違う…!」
「良かった~!!」
クロームの返答に若干殺気立って居た女子達は一気に脱力する。
「樺根くんの恋人だったらどうしようって思ってたのよね~!」
「そうそう、だって城島くんと柿本くんと一緒なんだもんもしかしてって思って」
「でも違うなら一安心!」
「………」
なるほど。彼女たちはかばねさん、もとい骸様に好意を寄せていたのか。それなら最初の質問にも納得がいく。だが残念なことにここでまた一つ問題が浮上した。確かに自分は骸様の恋人ではない。が、かと言って恋人?がいないわけではないのだ。
「でも……」
「でも?」
「恋人…かどうかはわからないけど……かばねさんには…ちゃんが居るから…」
二人が明確に付き合っていると宣言したことはないし、直接触れ合う機会を見たわけでもない。だが、互いの間には確かに何かしらの絆があるだろうことは、クロームもなんとなく察している。
「だから、」
残念ながらかばねさんのことは諦めた方がいい。ここまで言おうとして、クロームは慌てて口をつぐんだ。さっき消えたはずの女子たちの殺気が、先ほどよりも大きくなっている。
「ねぇ髑髏さんその人って誰」
「そんな名前の生徒聞いたことないんだけど」
「もしかして他校?」
「えっと…その、」
これは完全に答え方を間違ったパターンだろう。彼女たちの怒りの矛先は、新たな恋敵であるちゃんに向いている。どうやって場を収めれば良いか、クロームは必死に頭を巡らせた。
ちゃんは、別の…高校の、人で」
「年上ってこと?!」
「う、うん…」
「えー!やっぱり同世代じゃダメってこと?」
「それはわからないけど…」
「なになに、年上ってことは何でも出来るとか?」
「ご飯はたまに作ってくれる……」
「年上で料理上手…」
「他校なんでしょ?どこで出会ったとか知ってる?」
「イタリアって言ってたような…気がする……」
「イタリア……?!」
先ほどまでピリピリとした空気をまとっていた女子たちがまた沈静化していく。どうやら上手く躱せたようだ。
「えっと、このあと私用事があるから帰る…!」
怒りが収まったのを見計らって、クロームは逃げるようにその場を離れる。これ以上ここに居たら今以上に彼女たちを怒らせてしまいそうだし、下手したらちゃんにまで飛び火してしまう。
逃げるように帰っていったクロームの背中を、女子たちはなんとも言えない表情で見つめていた。

次の日。黒曜中は新たな噂で持ち切りになった。
現在休学中の樺根には、他校の恋人がいるらしい。その相手は高校生で、イタリアに居た経験もある料理がプロ級に上手い超絶美人。この話が更に飛躍し、特大の尾ひれのついた噂にが頭を抱えるのはまた別の話。