幸せになってもいいんだよ



「はい、リポーターのです!私は今黒曜中学校の体育館に来ています。先ほどまで部活をしていた生徒は犬がみーんな追い出してしまったので館内は閑散としています。今日はここで6時9分より行われるという「69な心になってしまうほどウマいチョコの試食会」こと骸の誕生日パーティーのリポートを務めたいと思います!」
「……、なにしてるの」
「せっかくの記念日だし録画しておこうと思って」
「んなことしてねーで手伝うびょん!」
「私はちゃーんと役目を果たしましたー!ラ・ナミモリーヌのチョコレートケーキ!しかもホール!更にはむくろくんおめでとうのチョコプレート付き!というか学校違うのにここまで来てる時点でもうノルマ達成してない?」
「ちょっとあんた達遊んでないで早くそっち終わらせてよ!まだ準備終わってないんだから!」
「今行く…」
「ちっ、仕方ねーびょん!」
「っと、早速邪魔が入ったけど再開しましょう。こちらは食材準備班のクロームです。ちょっと話を伺ってみましょう」
「えっと、ちゃん…?」
「ほらほらカメラ見ながら答えて!クローム、これは何ですか?」
「骸様のお誕生会のために準備したお菓子とか、飲み物…です」
「なるほど~ケーキがチョコレートだから塩味の効いたスナック系の食べ物も用意してありますね。うん、ナイスセレクト!」
「あ、ありがとう…!」
「こっちは犬と千種をこき使いつつ会場準備をしているM.Mですね」
「こき使うは余計よ」
「いや、だいぶ傍若無人だと思う」
「なんですってー!」
「ほらほら喧嘩しない!ちなみに今作ってる飾りってもしかしてパイナップル?」
「そうだびょん!」
「なんと!骸のイメージとして名高いパイナップルを随所にあしらった装飾とは!骸の神経を逆撫でする事間違いなし!」
「犬が選んだんだよ」
「柿ピーだってノリノリで選んらくせに!」
「私は止めたんだけどね~」
「まぁ結果的にはパイナップルまみれなわけだし連帯責任を負わされる事は確定なので…よし、私は逃げるぞ」
「えっ!ちょっと待ちなさいよ!」
「ずりーびょん!」
「あ、骸様……」
「うわぁ…来ちゃった……」
「人の顔を見た瞬間にその顔って失礼にも程がありますよ……おや、随分楽しげな装飾ですねぇ…?」





テレビから流れてくる映像は、もう十年近く前にが録画したホームビデオだ。画面の中で逃げ回るたちとそれを追いかける自分の姿は今よりも若くて、それだけでもだいぶ時が経ったのだと実感する。あんな事でいちいち怒っていた頃を思い返すと少々恥ずかしくもなるが…それもまたいい思い出と感じられるのは、自分が大人になったからだろうか。
「懐かしいですね…」
過去にとらわれるような性格ではないと自負しているが、このように思い出してしまうと少々寂しくもある。それだけあの時間は自分にとって充実したものだったのだ。
ひとりきりの部屋というのは存外心を弱らせるようで、つい感傷的になってしまう。
「………」
今日は6月9日。つまり骸の誕生日だ。
だが彼は今、一人自室で静かな時を過ごしている。
理由は単純明快。
「骸ー!もーいーよっ!」
タイミングよく聞こえてきた朗らかな声。
扉を開けなくてもわかる。声の主はきっと満面の笑みで迎えてくれるのだろう。
「おや、随分早かったですね」
「みんな頑張って準備したからね。早く早く!」
は骸の手を引くと、小走りで歩き出す。
「そんなに急ぐと転びますよ?」
「人のことドジみたいに言わないでくれる?」
「そう言ったんですよ」
「そんな事ないから」
「じゃあその痣はなんですか」
「これはさっきオーブン開けるときにぶつけたやつだから転んでません」
「一緒ですよ」
「そんな事言うなら骸ケーキ無しね」
「主役の僕がケーキを食べられないとは本末転倒じゃないですか。誰のための誕生日パーティーだと?」
そう、今日の主役は自分。
ボンゴレ本部(本来ならこんな場所長居したくないのだが、自身のアジトへ他のメンバーを呼ぶのは御免こうむるので妥協した)で行われる誕生日パーティー。その準備が整うまではと骸は先ほどまで部屋で待たされていたのだった。
「まぁどうせ若干焦げたしだいぶ妥協したからそんなに大した出来じゃないけどね」
「おや、もしかして今年は手作りですか?」
「そうだよ~さんの手作りケーキレアだよそれが食べられないって残念だね」
「そうですねぇ是非とも食べたい品なので機嫌を直してもらえると嬉しいんですが」
「小細工したのに気づいても黙って食べるならいいよ」
「クフ、善処しましょう」
軽口を叩きながら長い廊下を進めば、程なくして大広間の入口が見えてくる。
ガヤガヤとした明るい声と楽しそうな雰囲気は、その場に行かなくても伝わってきた。
「思ったより集まってませんか…?」
当代の霧の守護者とはいえ骸はトップクラスの不穏分子だ。そんな自分をお祝いする稀有な人間など大して居ないと踏んでいたのだが…想像以上に物好きが集まったらしい。
「そうだよ。さすがに全員とは言わないけど、少なからず骸に好意を持ってる、もしくは骸を受け入れてくれてる人がここに集まってる」
振り返り、は骸と向かい合う。
「あのね、骸はもう少し幸せになるべきなんだと思う」
「………」
「どうせ甘いとか弱いとか色々言うんだろうけどさ。私は骸が好きだから、幸せになって欲しい。その感覚は人によって違うから押し付けることはできないけれど…こうやって自分を思って何かをしてくれる人が居ることは幸せなんじゃないかって思うから。だから、今日はここで誕生日パーティーやろうって言ったの」
……」
今までの事を考えたら、綺麗事は簡単に受け入れられるものではない。きっとはそれをわかってる。でもその上で、行動したのだろう。
それは純粋な、骸への好意だ。
「……甘いですよ。貴女は」
「うん」
「でも僕も甘くなりました。昔よりずっと」
「そうだね」
「嬉しいですよ。心から、ね」
「ふふ、それなら良かった」
安心したように笑うにつられ、骸も微笑む。
こうやって自然に笑えるようになったのはいつからだったろう。
「じゃあみんな待ってるし行こ!あ、そうだひとつだけいい?」
「なんですか?」
は背伸びをすると、骸の唇に触れるだけのキスをする。
「みんなで言う前に先に言いたくて。誕生日おめでとう、生まれてきてくれてありがとう」
「!」
照れたようにはにかむが可愛くて衝動的に抱きしめれば、到着を待ちわびて顔を覗かせた他の守護者達の顔が視界を掠めた。
だけどあと少しだけ、この瞬間を味わっていても問題ないだろう。
だって自分は、もっと幸せになってもいいのだから。