代償の支払いは10分間
マフィアなんて突拍子も無い立場柄、約束をしていてもそれが叶わなくなった、なんていうのは割とよくある事だ。週休2日とか、土日は休みがもらえます、なんて夢の話である。だから急に仕事が入って予定が潰れるのはしょっちゅうで、お互いそれは重々承知している。しかし、それを全て受け入れ納得出来るかというとそうでもなく。
「ただいま帰りました」
真っ暗なままの部屋に灯りを付けると、キッチンの机には夕飯と思しき料理がラップを掛けられて並んでいる。お風呂の準備もしてあったし、至れり尽くせりと言ったところだ。ただ一つ、もう1人の家主が不在という事を除けば。
「は…部屋、ですかね」
彼女の私室の扉の隙間からは淡い光が漏れていて、中には人の気配もする。しかし骸が帰宅したのに気付いて居る筈なのに、扉は閉ざされたまま。
「………」
端的に言えば、は怒っていた。
別に大した約束ではない。偶然休みが重なったから、一緒に出掛けようとありきたりな予定を立てていただけ。だが今回はそれがどうしても許せなかったらしく、現在はヘソを曲げて部屋に閉じ篭っているのだ。
「骸は悪くないよ休みの時にそんな案件持ってくる職場の形態が悪いんだし、というかそれでも多分ボンゴレは融通効く方だと思うから相手が悪い。だからちゃんと仕事して相手をボコボコにしてきて」
今朝出がけに言われた言葉を思い出す。一応気を遣ってはくれているのか、そんな冗談を言いながら送り出してくれた。しかし表情が曇っていたのは隠せて居なかったし、声色は明らかに不満混じりだった。若干の心配はあったが、かといってそれで行きませんなんて言える立場でもないので(正直そんな立場になるまでボンゴレに関与する気は無かったので、この点に関してはどうにか対処したいところではある)そのまま家を出た。そうしてようやく帰宅すると、案の定は不満を募らせたまま。
さて、ここからどう挽回したものか。
「、居るんですよね?開けてもいいですか?」
「……駄目」
「本当だったら大変な仕事から帰ってきた僕に労いの言葉の一つでも欲しいところなんですけどね?」
「だったら急遽空いた時間で掃除とか全部した偉い私も労われるべきだね」
「おや、それはすみません。じゃあ労いついでに抱きしめてあげますから開けてください」
「ヤダ」
「……約束破る事になったのは申し訳ないですけど、それに対して不満があったのは僕だって同じなんですよ?」
「………」
「ほら、開けてください」
「………」
扉に近づいてくる気配がしたのち、鍵の開く音がする。そうして控えめに開いた扉からは、今朝と同じく不服そうな顔をしたの姿。だがほんの少しだけ申し訳なさそうな表情も浮かんでいる。
「……ごめん」
「おや?何か謝るような事でもしたんですか?」
「骸も不満なの気づいてあげられなくて」
「……いいんですよ。ほら、おいで」
腕を広げれば、は大人しくその間に入って背中に腕を回した。
「これで満足したのでいいですよ」
「安い男過ぎない?」
「貴女の価値が高いんです」
「………じゃあ私もこれで満足した事にしてあげる」
回された腕の力がほんの少しだけ強くなる。それだけで十分。だから、今はまだ。もう少しだけこのままでいよう。