SWEET
屋敷に広がっていく甘い香り。
漂ってくる香りに誘われ、白蘭が辿り着いたのはキッチンだった。
「んーいい香りだねー。チャン、何作ってるの?」
「マカロンだよー。3時のおやつにするの」
は白蘭の問いに答えながら、手際よくマカロンの形成をしていく。クッキングシートの上に色とりどりのタネが並ぶ様は魔法のようで、気分がワクワクしてくる。
「さん、食紅はどれくらい入れればいいですか?」
「少しで良いよ、ほんのり色がつくくらい。ブルーベルちゃんは出来上がったマカロンをシートから剥がしてね」
「にゅにゅ~♪任せて!」
テキパキと手伝いの2人に指示を出す。
ユニはともかく、我儘なブルーベルまで素直に聞いているのは驚きだ。
「凄いじゃん。ブルーベルが言うこと聞くなんて」
「えへへ~!いい子にしてたら大きなマカロン作ってくれるって、と約束したんだもーん!」
ニコニコと楽しそうに笑うブルーベル。
「ユニも貰うんだよね♪」
「はい」
それにつられて微笑むユニは、いつもの大人びた笑みと違い年相応の顔をしている。
「2人ともすっごくいい子だから、特別に大きなマカロン2つ作ってあげるね」
「わーい!」
「ありがとうございます」
は子供の扱いが上手い。ブルーベルやユニは勿論、デイジーや野猿まで心を開いているのがいい証拠だ。代理戦争中の子供の面倒は彼女がほぼ見ていてくれるので、お陰でだいぶ助かっている。
「2人共いいなー。ねぇ、僕も手伝ったら大きいマカロンくれる?」
「えっ?白蘭も欲しいの?」
白蘭の申し出に、はキョトンとした顔をする。食べたいと言うのは想像できたが、手伝いは予想外だったらしい。
「うん、チャンの作るお菓子って凄く美味しいし」
「ありがとう。じゃあユニちゃんの補助をしてくれる?」
「補助?」
「ユニちゃんが食紅を入れたら、白蘭はタネをかき混ぜるの。色が均等になってダマにならないよう、なるべくゆっくり混ぜてね」
「了解♪」
に指示された通り、白蘭はゆっくりとタネをかき混ぜる。ユニが食紅を入れるペースに合わせて木ベラを動かせば、満遍なくタネが色付いた。
「楽しそうですね、白蘭」
「うん。ユニチャンだって楽しいでしょ?」
「はい、こうやって料理をしたのは久しぶりです」
幼くして母を失った彼女にとって、今のは母親代わりのような存在なのだろう。無条件で甘える事が出来る唯一の相手ーー幸せそうな顔を見れば、それは容易に想像できる。きっとでなければこの表情は引き出せなかっただろう。
「さんが来てくれて、本当に良かったです」
「連れてきた甲斐があったよ。ユニチャンの素敵な笑顔が見れたんだもん」
「白蘭、それだけじゃないですよね?」
にっこりと微笑まれ、白蘭は口を噤む。
そこには先ほどと話した年相応の顔ではなく、普段の大人びて全てを見透かすような表情があった。
「私の他にも、さんを必要とした人物がいると思いませんか?」
「……やれやれ、お姫様には全部お見通しってわけか」
思わず苦笑が漏れる。
大きなマカロンにつられて手伝いを申し出たわけでは無いことを、ユニはちゃんと理解しているようだ。
「そうだね。僕もチャンが必要」
「その言葉を本人に言わないんですか?」
「駄目だよ。そんな事言ったら彼女は逃げる」
いつもほんの少し距離を置いて接してくる。普段は全く気にならないが、ふとした時にその隔たりを感じる事がある。
それは未来の記憶として受け取った世界ではなかった態度で、最初はその差異に戸惑った。だがこうやって接する内に、ようやくの気持ちに気がつく事が出来た。
きっと、恋をするのが怖いのだ。
未来で恋仲だったという相手。そんな相手が急に目の前に現れたら、誰だって困惑するだろう。
「それなら、逃げないようゆっくり近づいてかないとね」
昔の自分だったら、無理矢理奪っていた。
でも今は違う。
「ちゃんとわかってるみたいで安心しました。頑張ってくださいね、応援してます」
「ありがとうユニチャン」
「内緒話なんてズルいー!ブルーベルも混ぜて!」
マカロンを盛り付け終わったブルーベルが、2人の会話に気づいて不満を漏らす。
「内緒話?」
オーブンのセットを終えたも話に参加しようとするが、さすがにこれを本人に聞かせるわけにはいかない。
白蘭は悪戯っ子のような笑みを浮かべて答えた。
「だーめ、ユニチャンと僕だけの秘密!」
「えー!!」
「大丈夫ですよ。近いうちにわかりますから」
「ちょっとユニチャン、プレッシャーかけないでよ~」
視線を交わし、白蘭はユニは笑い合う。そんな2人の様子に、ブルーベルはいかにも不服といったように頬を膨らませた。
「いいもーん!ブルーベルはと秘密作っちゃうんだから!行こっ、!」
「はいはい……白蘭、ユニちゃん、オーブンの見張りお願いね」
2人にこっそり耳打ちし、ブルーベルと共にキッチンを離れる。
「ライバル出現、ですね」
「これは本当に急がないと駄目かもね」
甘いマカロンの焼ける匂いがキッチンに満ちていく。
こんな風に優しく彼女の心を包めたら、きっと上手くいくのだろう。
ふとそんな事を思った。