空色のプレゼント



買い出しの帰り道で、よく見知ったゾロアが視界に入ったのはつい先ほどのこと。
数歩歩いては振り返り、こちらに向けて尻尾を振るゾロアは明らかに私を誘っていて。 だとしたらこれは誘いに乗るべきなのだろうと思い、それから5分ほどはゾロアとの追走劇を繰り広げていた。 周囲は次第に暗くなり、ゾロアは暗がりに溶け込んでいくので正直非常に追い辛い。
「ねぇゾロアー!まだ着かないのー?!」
こんな事をしなくても普通について行くのに。何故か今日のゾロアは適度に距離感を取り、こちらを試すように歩みを進める。
少し離れたところからゾロアは早く来いと言わんばかりに駆け出し細い路地へ。 見失わないように慌てて追いかけると、ゾロアは寂れた建物の中へと入って行った。
「ここが目的地なの…?」
こんなに人気のない場所に連れてくるなんて一体ゾロアは何を考えているのだろう。
建物内は野生のポケモンがちらほらおり、一様にこちらを警戒しつつ見つめている。だがゾロアの招待だとわかると少しだけ視線が柔らかくなった。 どうやらゾロアはここの住人とそれなりの信頼関係を結んでいるらしい。つまり、ここに来るのは初めてでは無いという事だ。
「………」
この独特の距離感。ポケモン達の纏う空気。そしてゾロア。
「……ねぇゾロア。ここにNが居るの?」
ゾロアは無言のまま尻尾を一振りし、上階へと繋がる階段を登る。 長い間放置されていたためか手すりには蔦が絡まっているが……所々、蔦が千切れた部分がある。葉の色はまだ鮮やかで、それはごく最近ここを登った人物がいるという証明。
導かれるままに階段を登りきると、目の前に見事な夜空が広がった。
「!」
どうやらこの階段は屋上へと繋がっていたらしい。少し冷たい夜風を受けながら外へ出る。するとそこに居たのは。
「……やっぱり」
「……?、何故キミがここに?」
こちらに振り返るN。屋上の一角に座り、彼は街を眺めていたようだ。
「ゾロアに連れて来られたの。何にも言わずに誘うんだもん。なにかと思った」
「それは悪い事をしたね」
「Nがお願いしたって事?」
「いいや、そうではないよ。だがゾロアはボクの事を気遣ってくれたのだろうから、咎めないで欲しい」
Nの元へと戻ったゾロアは褒めて欲しいのか頭を擦り付ける。 どうやらこの誘いはゾロアの独断によるものだったらしい。
「気遣ってって事は、Nは私に何か用事があったって事?」
Nの隣に座り街を眺める。煌々と光る街並みは宝石のように美しい。
「無いと言ったら嘘になるけれど、積極的に探してたわけではないよ」
余りに素っ気ない答えに思わず言い返しそうになったが、それはゾロアの不満そうな声に遮られた。
「そんな事言ったって仕方ないだろう。元々これはこの土地に根付いた風習じゃないんだし、本来なら返礼は必要ないものだ」
ゾロアが何と言っているのか詳しくはわからないが、その態度とNの返事から怒っているのはよく分かる。 何故かは不明だが、どうやらゾロアは私側の立場らしい。
「わかったわかった。渡せばいいんだろう?」
ゾロアは満足そうに頷くと、Nの肩へと飛び乗る。 Nは諦めたようにため息をつくと、ポケットからなにかを取り出した。
「……?」
白いリボンに青空色の包装紙は、いかにもプレゼントだと言わんばかりのデザインだ。だが何故Nがそんな物を持っているのだろう。
「これをキミに渡すべきかどうか迷っていてね」
「なんで?」
そんなものをもらうようなことしただろうか。そう言いたげな私の表情を読んでNは続ける。
「先月もらったバレンタインのお返しだよ。本来なら返礼は不要だが、あの時ボクはなにも用意していなかったし、キミの出身はホワイトデーが一般的な地方だ。 それなら何かお返しが必要だろうと思ってね」
ただ用意したはいいが本当に渡すべきなのか迷って結局そのままにしていたらしい。 それを見兼ねたゾロアが私をここまで連れて来て今に至る。それがこの追走劇の顛末だった。
「………」
まさかそんなに悩んでくれていたとは思わず、私は間抜けな顔をしたまま固まる。
「必要ないなら素直にそう言ってくれて構わない」
「え…?う、ううんそんな事ない貰います!」
慌ててプレゼントを受け取ると、Nは少しだけほっとしたような顔をした。
「キミの言った通りだね。はちゃんと貰ってくれた」
そうだろうと言わんばかりに笑うゾロア。その笑顔に釣られてこちらまで笑顔になる。
「プレゼント凄く嬉しい。わざわざありがとうね」
「あぁ」
「ゾロアもありがとう。 お陰でこんな綺麗な景色まで見れたし、今度はゾロアにお礼しなくちゃ」
私の言葉を受け、ゾロアはこちらにキラキラした視線を向ける。 この調子だとお礼は出来るだけ早い方が良さそうだ。
「そうだな~…これから美味しいディナーをご馳走するっていうのはどう? この近くにオススメのレストランがあるの。ポケモンにも大人気のお店だよ」
「!」
嬉しそうに返事するゾロア。どうやらお気に召したらしい。
「じゃあ早速行こうか。Nも来るでしょ?」
「せっかくだから同行させてもらうよ」
待ちきれない様子で先に階段を降りて行ってしまうゾロアの姿に、思わず視線を交わして苦笑する。もしかして、ゾロアはこうなる事まで予測して行動していたのだろうか。
ゾロアの後を今度は2人で追いかけながら、私たちは街へと繰り出した。