最近、めっきり寒くなった。
リュウラセンの塔付近ではツンベアーの目撃情報もちらほらと出てきたし、ネジ山にもそろそろ初雪が降るだろうと言われている。
そんなニュースを聞き流しつつ、はライモンシティを1人で歩いていた。
「やることが無い……」
買い物はもう十分したし、観光なんて逆に案内出来るくらいした。名物も総ざらいしたし、とにかくすることが無いのだ。
「久しぶりにバトルサブウェイでも挑戦しようかな……」
一時期ハマって毎日のように通ったが、ここ最近は疎遠になっていた。肩慣らしも兼ねて、久しぶりに挑戦しに行くのも有りだろう。この時間だったら普段はトウヤかトウコも挑戦してるだろうし、マルチトレインに乗るのが良いかもしれない。そう結論付け、は早速バトルサブウェイへと足を進めた。
大通りへと歩を進めると、運良くトウヤとトウコが視界に入る。噂をすれば影とはよく言ったものだ。
「あ!丁度いいところ……に………」
「今日はどんな戦略でいく?」
「やっぱり攻めなきゃ!私はこの子でいこうかな」
どうやら二人もバトルサブウェイに行く途中らしく、楽しそうに戦略を練っている最中のようだ。
「………やっぱり止めとこ」
ここで出て行ったらきっと迷惑になる。優しい二人ならそんなこと無いと言ってくれるだろうけど、せっかく意気投合している二人の邪魔をするわけにはいかない気がする。
「別にどうしても行きたいわけじゃなかったしね。あ!ミュージカルに行くのもありかも!」
最近新しい演目が増えたとベルに教えてもらったのを思い出す。ベルのお気に入りの演目なのだそうだ。
気を取り直し、はミュージカルホールへと足を運ぶ。大通りから脇道に外れ、噴水の傍を通ってミュージカルホールへ。
ホール内は温かく、年末にも関わらず活気で溢れていた。煌びやかな装飾に、沢山のポケモンたちを見ていると、この場に居るだけでワクワクしてくる。
「えーっと……演目はたしか…
「メロメロ☆ムンナ!絶対それがいいって!!」
あぁそれそれ…って……あれはベルと…チェレン?」
ミュージカル好きのベルがここに居るのはわかるが、なぜチェレンまで居るのだろう。彼こそバトルサブウェイに居そうなのに。
は少し離れた場所から、受付窓口で話し込む二人を観察する。
「もう少し男の人に人気の作品のほうがやりやすいんじゃない?」
「大丈夫だよ!チェレンはなんでも器用にこなせるんだし…チャレンジしたほうがいいよ!あなたもそう思うよね!」
チェレンのレパルダスに力説するベル。レパルダスも乗り気らしく、優雅に尻尾を振ってアピールしている。
「仕方ないなぁ……」
諦めてエントリーをしにいくチェレン。
仕方ないと言いつつも、その顔は楽しそうだ。
「………」
はそのままミュージカルホールを後にした。
「なんで世の中はリア充で溢れてるんだろう……」
厳密には違う表現ではあるのだが、今のには男女の二人組は全てリア充にカテゴリされていた。
行くあても無く、街中をうろうろと彷徨う内に辺りは次第に暗くなる。それが物悲しさを助長させ、なんとも言えない気分にさせる。
「一人って虚しいかも……」
ため息をつきつつ歩いていると、丁度日暮れを知らせる鐘の音が響いた。
顔を上げて辺りを見回せば、鳴り渡る音と共に街中が様々な電飾で輝き出す。
「綺麗……」
特に遊園地の装飾は見事で、乗り物に合わせた装飾が眩しい。もっと近くでも見てみたいし、離れたところから全体図も眺めてみたい。そこまで考えて、ピッタリの乗り物が頭に浮かぶ。
「よし!観覧車だったら知り合いも居ないだろうし、綺麗な眺めを見ればいい気分転換にもなるよね!」
は意気揚々と遊園地まで足を進めた。
「あ、」
観覧車乗り場の看板に掲げられている文字。
『観覧車は二人乗りです。大変申し訳ありませんが、お一人でのご乗車はお控えください』
いつもなら忘れないような初歩的な事を忘れるとは、馬鹿にも程がある。
「バトルも駄目!ミュージカルも駄目!遊園地も駄目!!なんで駄目なのばっかりなの……」
今日は厄日なのかもしれない。
もうこれ以上外に居てもいい事ないだろうし、ポケモンセンターに戻って不貞寝でもしてしまおうか。
そんな事を思った矢先。
「ん?あれ……」
ちらりと視界の端を掠めたのは、見慣れた黒い帽子に若草色の綺麗な髪。
「Nだ」
先ほどの自分と同じように、観覧車を眺めて悩んでいる。入口の前をふらふらしてみたり、辺りをきょろきょろと見回したりする様はちょっとした不審者に見えなくもない。
「なんであんなに挙動不審なの……」
そんな姿に思わず苦笑が漏れる。
人付き合いが苦手な彼のことだから、一人でここに来たのは想像に難くない。
『僕は観覧車が大好きなんだ』
ふと、彼の言葉を思い出す。もしかしてNは。
「こんばんは、N」
が呼びかけると、Nは驚いたような顔をこちらに向ける。
「?」
何故ここに?と言いたげな瞳を受け止めつつ、は言葉を重ねる。
「もしかして、観覧車乗りたいの?」
気持ちを言い当てられNは目を丸くしたが、直ぐにいつもの調子に戻る。
「あぁ。だが同乗者がいないから駄目だと断られてしまってね」
「じゃあ一緒に乗らない?私も乗る人いなくて困ってたの」
「いいのかい?」
「もちろん。Nなら大歓迎だよ」
だって私と同じ、独り身っぽいし。とは言わないでおく。
「じゃあさっそく乗ろうか」
そう言ってNは手を差し出す。
「うん」
は素直にその手をとった。
「本当に綺麗…!」
やはり観覧車で見るのは正解だった。
遊園地を彩る電飾は、地上から見るより一層光ってみえる。更には町の方まで眺められ、地上で見るよりも圧巻のイルミネーションを体験出来る。鮮やかに色づく街並みは、まるで宝石箱のように輝く。
「クリスマスになったら、もっと綺麗なんだろうね」
「この5倍の電飾を使って盛大にするそうだよ」
「へー、よく知ってるね」
「入り口に置いてあったパンフレットに載ってたんだ」
「ふーん…」
「………」
不意に訪れる静寂。だけどそれは居心地の悪いものではなくて。緩やかに流れる時間が、何故か愛おしくすら感じるのは気のせいだろうか。
それから観覧車は次第に高度を下げ、ゆっくりと地上に近づく。
この時間が終わるのが妙に勿体なくて、はぽそりと不満を漏らす。
「あーあ、もっと乗ってたかったな」
観覧車がもっと大きければ良かったのにね。
そんな子供地味た言葉に、Nは苦笑を漏らす。
「じゃあまた一緒乗ろうか?」
「え?」
Nの提案に、はキョトンとした顔をする。
「クリスマスになったら、また一緒に観覧車に乗ろう」
優しく微笑むNの顔があまりに綺麗で、は頬を赤らめた。
「え…と、……はい、喜んで…」
少し照れ気味に了承すれば
「約束だよ」
そう言って差し出される指。
「うん、約束」
ゆっくりと自らの指を絡め、言葉を重ねる。
繋いだ指の温もりがとても嬉しくて、どうしようもなくこそばゆい。それはきっと、胸に新しく灯った光のせいだ。
淡く芽生えた感情と、クリスマスの約束。