甘い約束
穏やかな五月晴れの午後に聞こえてくるのは、コイキングやギャラドスを模した幟を持って走りまわる子どもたちの声。木々は立夏を知らせるために青々と茂り、吹き抜ける風は涼やかな香りを運んでくる。春を告げた桜は役目を終え、今は土にかえる日を待ちわびて。そんな麗らかな陽気の中、マツバはと共に喫茶店に訪れていた。古い住居を改築したのだという店に漂う時間はのんびりとしていて、時が経つのを忘れてしまいそうになる。使い古された椅子の木目は優しい飴色で、静かに佇む柱に刻まれた傷は家と共に過ごした記憶。きっと長い間この家を見守ってきたのであろう、それらの家財に想いを馳せれば、時間は瞬く間に過ぎていく。
「今日はいいお天気だし、お菓子も美味しいし…最高ですね」
満面の笑みで語る。目の前には季節を模った練りきりと、芳しい香りをたてる新茶が置いてある。
「はいつだって「お菓子美味しい」だろ」
茶化すように笑うマツバの手元には、色どりの豊かな金平糖が置いてあった。
「だってエンジュのお茶屋さんは全国一なんですよ?」
ポケナビを取り出してマツバに見せる。マップのメモ機能には、有名な茶菓子屋やケーキ店がびっしりと書き込んであった。当然ながら、それはそのようなことに使う機能ではない。だが実にらしいとも言える。
「この店はラジオで特集されるほどの有名店なんです!来るしかないでしょう!」
そう言えば此処に来る前に はそんなことを延々と話していた。半分は聞き流していたが。
「だからボクをだしにして毎回食べ歩きしてるってわけか」
「っ…!」
図星を突かれは何とも言えない顔をした。だがすぐ立ち直り、自分の都合の良いように言い返してくる。
「せっかくエンジュに来たんだから、食べ歩きしないと損じゃないですか!でもそんなにうろうろしてたらマツバさんに逢えないから…ほら、一石二鳥ってやつです!」
どうだと言わんばかりの顔。の顔はころころと表情が変わるから見ていて面白い。
「だといいけど」
くつくつと笑うマツバ。わざわざ逢いに来てくれるのは嬉しいが、食べ歩きと同等として扱われているのはどうかと思うのは自分の器が狭いのか、はたまた の扱いが酷いのか。まぁどちらでもいい気がしてしまうのは、この陽気のせいだろう。
「それに、マツバさんって私が誘わなかったらずっとジムに籠りっきりじゃないですか。外に出るにしたってエンテイやホウオウを追ってばかりだし……少しは息抜きしたっていいと思いますよ?」
「………」
確かにそうかも知れない。
と一緒に出かけるようになってから、自然の変化や流れを身近に感じるようになった。ジムトレーナーであるイタコのばあさん達には前々から「若者は外に出ろ」と散々小言を言われていたが、ここ最近は言われない。
「若いっていいわねぇ」
「私もあと50歳若かったら…」
「ちゃんは私の若い頃にそっくりだわ」
などと別の小言を言われるようにはなったが、前に比べたらマシになった。
「息抜きも、たまには必要かもね」
本人に言ったら調子に乗って食べ歩きの頻度が増えるだろうから言わないが、全てが上手く回っているのは が居てくれるからかもしれない。
「じゃあ今度はボクから食べ歩きに誘ってもいいかい?一見さんお断りの甘味処に連れて行ってあげるよ」
確か行きつけの店が午前中は甘味処として営業していたはずだ。いくらスイーツ限定情報通のでも、さすがに此処はまだ行ったことがないだろう。
「本当ですか!」
瞳をキラキラと輝かせ、は心から嬉しそうな顔をする。この顔を見るためだったら、たまには自分から誘ってみるのも悪くない。
「丁度ジムも連休に入るから、一緒にお菓子巡りでもしようか」
「いいんですか!?ありがとうございます、マツバさん!」
花が綻んだような笑顔に釣られ、自然と笑顔になるマツバ。
その後、エンジュシティのフレンドリィショップでは、雑誌をめくりながら菓子店を探すマツバの姿が見られたという。