サンタクロースはお兄ちゃん



一歩踏み出せば、そこは煌びやかな世界。
絶えることなく流れるクリスマスソング。目を引く電イルミネーションの数々。ショーウィンドウにはプレゼントが溢れ、見てるだけでワクワクしてくる。
だけど。
『ギガイアス、戦闘不能。よって勝者、サブウェイマスターの!』
フィールド全体に車内アナウンスが響く。
「本日はご乗車誠にありがとうございました。またこの車両でお目にかかれることを、心よりお待ちしております」
は回りくどい定型文を口にすると、首から下げたホイッスルを高らかに鳴らした。
「はい、残念でしたー!凄くいいバトルだったけど、その戦法じゃまだまだ勝ちは譲れないし!」
そしてふわりと笑い、場の緊張をほぐす。
「今日もダメだったかー。最後のがんせきふうじ、上手くいったと思ったのに」
「確かにあれはヒヤッとしたけど、キの方が上手だったね」
「次は別の技を試してみよう。ちゃん、バトルしてくれてありがとう!」
「どーいたしまして。今日はもうさっさと帰って、頑張ったポケモン達にクリスマスディナーでもご馳走してやんなさい?」
「うん!」
車両を降りて行くチャレンジャー。その背中を見送りつつ、はため息をついた。
今日はクリスマスイブ。だが、年中無休に近いバトルサブウェイは安定の通常業務である。クリスマスに合わせてターミナルには巨大なツリーが設定されているし、職員は支給されたクリスマスの衣装に身を包む。(と言ってもサンタ帽被るぐらいだが)それでもやってる事は普段と変わらない。
「せっかくのクリスマスなのに、全然雰囲気がないってゆーか…」
好きでサブウェイマスターになったとは言え、こうも忙しいとさすがに疲れてくる。イベント事に参加出来ないともなれば、その不満は余計に高まるばかりだった。
だが不平ばかり言っても現状が変わるわけではない。は思考を現実に戻し、常設されているパソコンへと向かった。ボールをセットし、手持ちのポケモンの回復を待ってる間にこのあとの予定を確認をする。
現在ローテーショントレインに乗っているトレーナーは23人。新顔が数名いるが、後は全員見知った顔だ。皆が皆ここまでたどり着く事は無いが、今日はやけに多い気がする。
「これ今日中に捌けなくない?」
いくら忙しいと言えど、さすがにクリスマス休暇はとれる。だがこのままでは残業決定、朝日と共にクリスマスを迎える事態も発生しかね無い。最悪の事態に一瞬意識が遠退いたが、幸運にもチャレンジャーの来訪を告げるアナウンスで霧散した。よし、これであと最大22人。
「考えるのは後!明日の休暇、絶対にもぎ取ってやるし!」
は気持ちを切り替えるように頬を叩くと、ボールを携えバトルフィールドの前に立った。





「やっと終わった……」
あれからここまで来たチャレンジャーは12人。予想以上の奮闘だ。さらには絶妙な感覚でやってくる為休憩もろくに取れず、は心身共に疲労していた。
時刻はもうすぐ夜中の12時。この後ターミナルに戻って今日の報告をして、あとポケモン達のケアもして…朝日と共にクリスマス決定だ。
「夕飯も食べ損ねたし…もうヤダなんでバトルサブウェイってこんな人少ないの…」
思い出したようにキュルキュルと鳴るお腹を押さえ、下車する準備をする。すると、またチャレンジャーの来訪を告げるアナウンスが響いた。
「え?さっきので終わりだったんじゃないの?」
パソコンを最後にチェックしたときには、先ほどバトルをしたチャレンジャーの他にトレーナーは居なかった。戦ってる最中にまたエントリーしたのだろうか?だが、就業時間内でないと受け付けは出来ないはずだし、とっくに時間は過ぎている。
これはあれか、定期的に噂されている怪談話、バトルサブウェイに未練のある亡霊ってやつか。悪い方向へ想像が行ってしまい、背筋が寒くなる。だが扉が開くとその考えは彼方へと飛んで行った。
「えぇぇええ??!!!キョ、キョウヘイ?!!なんで!!」
そこに居たのは予想だにしなかった相手。なんでなんでなんで!驚きと疑問が混ざって思考がパンクする。
「……驚き過ぎ」
キョウヘイはの余りの驚きように若干顔を引きつらせた。
「だっ、だってもう誰も来ないと思って!ってゆーかキョウヘイが来るなんて聞いてないし!!」
「ちょっと用事があったからバトルサブウェイに寄ったら、ノボリさんとクダリさんに会ったんだよ。そしたらはまだ仕事してて夕飯食べてないから、これ持ってってやれって」
そう言ってキョウヘイは手に持っていたバスケットの蓋を開けた。中にはローストチキンとスープが入っている。
「で、代わりにバトルの許可もらったわけ。正規の手順とは違うけど、勝ったらちゃんとBP貰えるらしいし…バトル、してくれる?」
「もちろん!」
キョウヘイと会えて、しかもバトルが出来るなんて!あまりの嬉しさに、さっきまでの疲労は一気に吹き飛んだ。
「いや、すぐじゃなくて大丈夫だから。これ食べてからにしたら?夕飯抜きだったんだろ?」
「でも待たせる訳にはいかないし…!」
「別にいいよ。それくらい」
素っ気なく返すキョウヘイ。だが、そこにあるのは紛れもない彼の優しさだ。
「ありがと…」
差し出されたバスケットを受け取れば、ローストチキンの香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。スープもまだ温かいし…きっと、急いで来てくれたのだろう。は嬉しさで胸がいっぱいになった。
その時、時計が丁度12時を告げる。今日はクリスマス。まさに最高のクリスマスプレゼントだ。
「こんなクリスマスも、たまにはいいかもね」
ぽそりと呟かれた言葉は、聖なる闇夜に溶けていった。