プライベートバケーション
ホウエンの夏は長い。
世界でも有数の観光地が点在するこの地方でバカンスを過ごす人は毎年相当な数だ。海に、山に、街に。様々な場所が観光客で溢れかえる。だが、全く人気のない場所もあった。場所はちょうどホウエンリーグ本部の後ろに位置している海岸。後ろが断崖絶壁になっているので、ここ最近まで下に砂浜があるとは誰も気がつかなかったのだ。もともとリーグ本部に来る人間が少ないのも大きな要因と言えよう。前方は海、後方は絶壁。ちょっとしたプライベートビーチのようだ。
そんな静かな浜辺を並んで歩く影が二つ。
「今日はお招き頂きありがとうございました」
楽しそうに微笑みながら歩みを進める。彼女が歩くのに合わせて、純白のワンピースがふわりと風になびいた。
「どういたしまして」
それに応じて丁寧に受け答えるダイゴ。こちらはいつもと変わらぬ装いで、服の装飾が太陽に照らされてキラリと光る。
「暑そうだね、その服」
こんな夏日にそんなスーツで出歩くなんて、自殺行為にもほどがある。
「そうでもないよ?夏用に薄い生地で作ってあるしね」
「………そうですか」
別にその服にこだわることは無いんじゃ…と、は喉元まで出かかっていた言葉を飲み込んだ。きっと気に入って着ているのだ。これ以上追求するのはやめておこう。
気を取り直して散策を再開する。くるりと辺りを見回せば、どこを見ても絶景が視界一杯に広がった。
キャモメの鳴く声が響き渡り、透き通った浅瀬にはサニーゴが列をなして歩いている。遠洋を進む遊覧船はきっとホエルコウォッチングのものだろう。こんなにいい天気ならば、ホエルオーも見れるかもしれない。
「本当にここって奇麗だね」
サクサクと砂を踏みしめる音が耳に心地良く、白い砂浜は陽光を浴びて煌めいた。
「基本的に、人に介入されていない場所だからね」
「そんな所に来ちゃってよかったの?」
「大丈夫だよ。別に環境破壊をしてるわけじゃないしね…それに」
そう言って、ダイゴは海辺の方を見やる。つられても視線を向けると、そこにはホエルコやマンタインの姿があった。
「ここの住人たちに許可は取ったよ」
「ホエー」
ダイゴの言葉に応えるように、ホエルコが潮を吹いた。
「それならいいけど」
ポンポンと鞠のように弾むホエルコを眺めながら、のんびりと歩みを進める。
「勿体ないくらいだね。こんなに広い場所を一人占めしてるんだもん」
「正確には二人、だけどね」
「そっか」
顔を見合わせて笑いあう。こんなに美しい景色をたった二人で独占しているなんて、相当な贅沢だ。
「でもせっかくだし、フヨウやプリムさんも呼べばよかった」
「忙しいって断られたよ。四天王はチャンピオンと違って挑戦しに来るチャレンジャーが多いらしいから」
「チャンピオンはお暇ですか」
茶化すように問いかければ
「こうやって君と過ごせるなら、暇なのも悪くないさ」
と、先ほどと同じような笑顔で返された。
「それもそうかも」
その時、二人の間を涼やかな風が吹き抜けた。傍らに咲くハイビスカスから甘い香りが漂ってくる。
「花盛りって感じだねー…あれ?」
ハイビスカスに視線を移すと、その中に紛れてどこかで見たことのある模様がちらつく。青地に大輪のハイビスカスの模様…と言えば。
「もしかして……フヨウ?」
「………………そうよ…」
たっぷり三拍おいてから聞こえてきた声はまさしくフヨウのもの。
「………」
草木を掻き分けて出て来たのはフヨウ。続いてカゲツ、プリム、ゲンジ。噂をすれば影とはよく言ったものだ。
「カゲツ、だからもっと奥に行ってって言ったのに!」
「お前が前に出すぎなのが悪いんだろ!」
出て来た途端に喧嘩しだす二人。
「こらこら、仲良くしなさいって言ったでしょう?」
その様子に苦笑するプリム。ゲンジはバツが悪そうな顔をしている。
「みんなどうしてそんな所から出て来たの?」
キョトンとした顔のは、まだいまいち状況が掴めていないらしい。
「今日は早めに切り上げることにしたんです。せっかくさんも来てくれていることですしね」
「プリムさん…!」
プリムの言葉に、の表情がぱあっと明るくなる。
「ナイスフォロー」
「うるさいわよ」
フヨウがカゲツの足を踏んだ。
「いってーな!」
「静かにしてなさいって!」
小声で言い争いを続けていたフヨウが、に向き合う。
「それより、向こうにスッゴく綺麗な花が咲いてるの!一緒に見に行こう!」
「わっ!」
そしての手を取って走り出す。
「あっ!おい待てよ!」
「……はぁ、本当に仕方のない奴らだ」
それを慌てて追いかけるカゲツ。ゲンジは渋々といったように後ろからついて行く。
「……せっかく2人きりだったのに、邪魔してしまってごめんなさいね」
最後に残ったプリムが、ダイゴにそっと耳打ちしていく。
「………」
ダイゴは溜め息を一つつき、を追いかけた。
「奥手だと他の人に取られちゃうわよー!」
「男は攻めだろ!」
「っ!」
全力で。