連れて行きたい場所があるの。
そうに告げられ、誘われるままに訪れたのはテンガン山だった。迷う事無く山道を進み、途中からは獣道のような場所を通ってひたすら頂上へ。次第に酸素は薄くなり耳鳴りがしてくるが、それにも気をとめずただただ上へと登れば、いつの間にやら雲を抜けるほど高い場所まで来ていた。晩春の空にはレントラー座やヤミカラス座が輝いている。
ようやく体が山に慣れて高山病も治まってきた頃、辿り着いたのは昔の神殿の跡地のような場所だった。当時の名残なのか、所々に朽ちかけた石柱が立っている。たまに修行でテンガン山に来たことはあるが、ここまで来たのは初めてだ。宙に瞬く星は掴めそうなくらいで、宇宙に最も近い場所…そんな言葉が相応しい気がした。
「随分高い所に来たようだね…」
呟いた言の葉と共に出てきた息は白い。
「ここは『やりのはしら』、時間と空間が交叉する場所……ゲンにどうしても逢って欲しくて」
「逢う…?」
この場には自分との2人しか居ない。人が住めるような環境でもないのに、誰と逢わせたいのだろう。
「出てきて……ディアルガ」
「!」
が神殿の中央に立ち呼び掛けると、それに呼応するように空がぐにゃりと歪んだ。それは見る見るうちに大きく広がり、時空の裂け目となる。
「!!!」
大地を震わす声と共に現れたのは、時間を司る神・ディアルガ。神話でしか描かれる事のないその姿は雄々しく、漂う空気が一気に張りつめたのがわかった。
「お前か…また此処に来るとは、随分物好きな人間だな」
脳裏に直接響く声。ディアルガの纏う波導は、澄んだ湖面のように静かだった。
「うん。どうしても逢って欲しい人が居たから」
ディアルガにそう告げてから、がゲンに向き合う。
「前に鋼鉄島でギンガ団とバトルした事があったよね。彼らの狙いはディアルガを捕まえる事だった……それを阻止しようとした時に、私はディアルガと逢ったの」
次いでまたディアルガに向き直ると、はゆっくりと近づいていく。
「本当はもう此処に来る気は無かった。だけどね……あの時話してくれた事を思い出したら、どうしても逢って欲しくなって」
ギンガ団との最終決戦の後、ディアルガはにこう告げた。
「お前は似ている。かつて此処に来た人間に」
「前にも此処に人が来たの?」
「あぁ。いつだったか、此処に人間の娘が来た事があった」
まだこの場所が時空の神殿と呼ばれていた頃、それこそ気が遠くなるくらい昔の話だ。
「娘は私に時を戻すよう願った。愛する者を救いたいと」
『あの人が犠牲になる必要なんて無かったのに…!』
未だに脳裏に残る、悲痛な声。慟哭に近い懇願。
「愛する人……」
はディアルガの言葉を反芻する。こんな場所まで来るという事は、余程の想いだったのだろう。
「だが、時を司るものと言えど改変された世界の出来事を戻す事は出来ない。だから……生命は廻るものだと教えた」
「………」
その言葉を聞いて、彼女は何を思ったのだろうか。絶望?諦め?それともーー
「お前が此処まで来ることが出来たのも、もしかすると何かの縁なのかもしれないな」
娘とと姿が重なる。意志の強さを示す光を湛えた瞳が、本当に良く似ていた。
魂が、波導が、それを形作る全てのものが。命の輝きも、瞳に映る世界の色さえも。偶然か、それとも必然か、もしくはもっと大いなる流れの気紛れか。
それは、流転する命の理を告げた時と同じ色だった。
2013.05.19 掲載
2021.05.19 加筆修正