ポイズンチョコレート
※イシュタルのバレンタイン会話バレあり
今日はバレンタインデー。此処カルデアに存在するものは、男も女も性別不明も獣も、どこに属するものであっても大なり小なり楽しむことのできる一大イベントだ。
それは女神にとっても例外では無いらしく、イシュタルは柄にもなくソワソワした様子で藤丸を探していた。それから程なくして藤丸が彼女の前に現れ、楽しそうに談笑した後チョコレートを渡される。ここまでは想定通り。
「さて、それじゃ、この後どうするの?見ての通り、私は退屈を持て余しているのだけれど?」
イシュタルは含みを込めた言葉をマスターに投げかける。これはつまり最大のチャンス。そう思ったは、さも偶然通りかかったていを装って2人の前に現れた。
「マスター、丁度いいところに。私も食べて頂きたいものがあるのですがよろしいでしょうか?」
「もしかしてチョコレート?」
「はい。料理などまともにこなした事のない身の上ゆえ少々味に不安はありますが、その分気持ちは込めさせて頂きました。お口に合うといいのですが」
「ありがとう、凄く嬉しいよ」
その言葉通り頬を緩ませ微笑むマスター。だがその様子に先ほどまで楽しそうだったイシュタルはご立腹のようだった。
「あらマスター?私からチョコレートを受け取っておきながら、もう別の相手に気移りしているの?」
「えっ、いやそんな事は」
「ふーん……?」
じっとりとした目でマスターを睨みつけるイシュタルは、まるで嫉妬をする乙女のよう。ここもまた想定した通りの流れである。は出来るだけイシュタルの神経を逆なでしないよう、細心の注意を払って声を掛ける。
「ではどちらのチョコレートが好ましいか選んで頂きませんか?先ほどお時間があると仰っておりましたし……もちろん、マスターの都合も付くのなら、ですが」
「えっ?急にこっちに振るの?!」
イシュタルの厳しい視線との言葉に、藤丸は必死に頭を巡らせる。
「えーっと……じゃあさ、3人で一緒に食べようよ。それならいいでしょ?」
そうして出てきた返答もまた、想定通り。イシュタルはあからさまに不満そうな顔をしたが、ここで断るのは負けと判断したのかしぶしぶ了承した。
そうして3人は藤間の部屋へと場所を移し、チョコレートの食べ比べをする事となった。
「こっちはのやつだよね。生チョコレート、かな?シンプルだけど食べやすくて美味しいよ」
「お褒めに預かり光栄です、マスター」
「なんだか不思議な味がするけど、これは何を使っているのかな?」
「厨房で同じくチョコレートを作っていた方に協力してもらったのです。なんでも恋に効く特別なスパイスだとか。もちろんマスターに害のなさそうな物を選びましたので安心してください」
カルデアでは様々な思想の英霊がおり、それが生み出す諸々はろくなものがないのが大半である。だが今回は特にそのような気配もないし、は人類に友好的な、世間一般でいうまともな部類に入る英霊。ならば問題はないだろう。
「そっか、が選んだものならきっと大丈夫だね」
「………」
藤丸の言葉には微笑み、イシュタルは眉間に皺を寄せる。
「えーっと……じゃあ次はイシュタルのチョコも食べていい?」
イシュタルの視線を感じたのか、藤丸は宝石と見紛うイシュタル作のチョコレートに手を伸ばす。
「わぁ!凄く美味しいよこのチョコ!」
最初は綺麗すぎて開けるのが勿体無いと言っていた藤丸だが、チョコレートを口に含めばその感想も一緒に溶けていったらしく幸せそうに頬を緩ませた。その百点満点の感想に、イシュタルは大層満足げに答える。
「そうでしょうそうでしょう!なんたってこの私が作ったチョコレートなのだから!……で、なんであなたまで食べてるのよ」
イシュタルは視線を藤丸からへと移すと、はさも当然のようにチョコレートを頬張っていた。
「食べ比べですから、やはり当人同士の審査も必要かと。さすが女神イシュタル、その名に恥じない高貴さを感じる味ですね」
「えっ……そんな素直に褒められるとなんか調子狂うわね……し、仕方ないからあなたの作ったチョコレートも食べてあげるわ、光栄に思いなさい!」
褒められたことで気を良くしたのか、イシュタルはの作ったチョコレートを口に運んだ。そしてむぐむぐと数回咀嚼した後……その場に倒れ伏した。
「?!!」
突然の事に動揺する藤丸。一方はその様子を冷静に眺めていた。
「さすがは英霊製の毒ですね。想定通り女神にも効果ありですか」
「毒ぅ?!!」
「はい。マスターは毒に耐性のあるようでしたから平気だと思い。実際、身体に害はなかったでしょう?」
「確かにそうだけど……!それよりイシュタルだよこれ作ったの誰?!あっその前に医療スタッフの所に連れて行かないと…!!」
「曲がりなりにも女神ですから死にはしませんよ。目が醒めるかどうかの保証はしませんし、個人的にはこのままでいいと思いますが」
「絶対良くない!!あーもうなんではそんなもの食べさせたんだよ…!」
大慌てで各方面へ連絡を取る藤丸の姿を横目に、はこう呟く。
「目には目を、歯に歯を。死を招く呪いには、怨嗟を込めた毒を、ですよ」
「!」
その言葉に藤丸は全てを悟る。これはバレンタインを隠れ蓑にした、によるイシュタルへの復讐なのだと。かつて恋をした相手を殺した元凶に報復する機会を、この精霊は狙っていたのだ。
「色恋の絡むイベント……バレンタインデーとはそういうものでしょう、マスター?」
「違うから!絶対違うからー!!」
浮き足立ったカルデア内に、似つかわしくない悲痛な声が響く。
こうして藤丸はイシュタル絡みのはまともではないと心に刻む事となった。