恋のキューピッドにはまだなってくれないらしい
それはとある日の昼下がり。陽の光が穏やかに差し込み、微睡みが世界を支配するような時間のこと。
「………」
端的に言うと、ギルガメッシュは暇を持て余していた。もちろん王としての責務を全うするならば暇な時間など一秒たりともないのだが、今はそれに従事する気分にはなれず。しかしそれを打破する娯楽の類もこれといって見つからず、王の心には並々ならぬ不満が燻っていた。そんな折、彼の心など知る由もないがギルガメッシュの元を訪れる。
「恐れながら、少々お聞きしたいことがございます」
「我は今退屈でな。それを取り除く為の疑念であるなら傾聴してやるのもやぶさかではないが、そうでないのならそれ相応の処遇を受ける事をしかと心得よ」
相変わらずの傲慢さで返答したギルガメッシュに対して、は表情一つ変えずに続けた。
「この疑念が王の憂鬱を満たすものとは全く思いませんが、どうか少しだけお時間をくださいませ。貴殿は私よりも人間の心の機微に敏いお方、そう見込んでの願いでございます」
「………」
の返事があまりに予想外だったのか、ギルガメッシュは一瞬居を突かれたような顔をした…が、すぐにその顔には笑みが浮かぶ。どうやらお眼鏡にかなったらしい。
「ふふ…ふはは!この俺に人間の心についてのあり方を問うか。その発想、余りに愚かで愉快だ。よし、質問を許そうではないか」
「ありがとうございます」
は恭しく頭を下げた後、こう切り出した。
「私がお聞きしたいのは、人間の心の変容について。俗に言う恋に対するあり方です」
「………」
この陽気にあてられ寝ぼけたのか、と思わず問いたくなるような質問。だがは先ほどと同様真っ直ぐにギルガメッシュを見つめ、真剣な顔で言葉を紡ぐ。
「王があのお方と並ぶ姿に、言いようのない感情が湧き上がるのです」
ギルガメッシュと並ぶあのお方とは、エルキドゥのことだろう。この世でギルガメッシュと肩を並べても殺されない者は彼くらいだ。
「人らしい言葉を使うのならば、羨ましい…と言うべきなのでしょうか。あの方と王が仲睦まじく語らう姿に焦がれるのです。この身には過ぎたる願いなのは重々承知しておりますが、それでも一度だけ、私にもあの笑みを向けて頂けたら、と」
「………」
なんだそれは。これではまるで愛の告白じゃないか。ということは、はギルガメッシュに恋をしたとでも言うのだろうか。
「我に懸想でもしたか?身の程知らずにも程があるな。だがまぁその気持ちを汲んでやらんことはないぞ、我が身は焦がれるに値するものであるからな」
「もちろん王の寵愛を賜るのは身に余る光栄なのでしょう。ですが私は王に仕える精霊ですので。そのような感情を抱くことはまずないかと」
ギルガメッシュの言葉をすっぱりと切り捨てる。ならばその相手と言うのはギルガメッシュと話している相手側の存在…エルキドゥだということになる。
「ならばその焦がれる相手とやらはエルキドゥか?」
「はい」
いつもの清廉で智慧の溢れる眼差しとは違い、その顔に浮かぶのは未知の感情に震え、ともすると怯えてさえいるような表情だ。恋する乙女、といっても差し支えないかもしれない。
「この感情を恋と呼ぶのだと、文献や周囲の人間に問うた時の返答で学びました。ですが私は精霊の身。自然をあるがままに受け入れ、慈しみ愛すことはあっても恋焦がれることはないのです。だからこの感覚を理解できておりません」
「ほう。それは難儀なことだな」
理解できていないと言いながらも、焦がれる気持ちはあるのだという。正直どこまで自覚しているのか不明瞭だが、それでも今のギルガメッシュにとってこの議題はなかなかに興味を唆られるものになりつつあった。人に仕えるという稀有な存在の精霊が、人の身を模した神の兵器というこれまた稀有な存在に恋をする。どこかの詩人がこれを聞いたら、後の世まで轟く名作を何遍も紡ぎ出すに違いない。
「恐れながら、王は神の血を引くお方。ですが同時に人間と共に歩む方でもあります。そのようなお方ならば、この感情にも理由を見出してくださるのではないかと思いこの度意見を拝聴しに伺った次第です」
「成程。貴様の気持ちはよくわかった。我がそれを教えてやるのは容易い…が、それには少々時間が必要だな」
「?」
正直なところ、ギルガメッシュがいくら答えを出したところでそれは正解にはなりえないのだろう。だって恋というものは、自身の中でしか集結出来ない問題なのだから。だから今に一番必要なのは「気持ちを整理し、考えるための時間」なのだ。だがそう返答したところでは納得しないだろうし、ギルガメッシュ自身もこの議題をもう少し楽しみたいと感じている。
「今はその、焦がれると言う感情に好きなだけ焼かれるといい」
「………」
「それで貴様の求める答えが見えないのなら、もう一度質問することを許そう」
「了解、致しました。お心を砕いてくださったこと、感謝致します」
明らかに納得していないだろうが、これ以上の質問は無駄だと判断したのかは頭を下げてその場を去った。その後ろ姿を眺めながら、ギルガメッシュはゆっくりとほくそ笑む。
「………」
精霊が恋をする。しかも兵器と呼ばれる相手に。
神が遣わしたもの同士、惹かれる部分があるのかもしれない。だがそれにしたって滑稽にも程がある。愉悦を満たすための事柄としては十分に値する事案だ。……だが、その相手は唯一友と認めた存在。ならば。
「今はまだ、大いに悩み足掻くといい」
見守ってやることも、たまにはいいのかもしれない。