きっとこれは未来の1コマ



夕暮れのロンドンの町並みは、いくら眺めていても飽きない。
オートモービルは夕日を浴びその装甲を輝かせ、次第に灯るガス灯は街を穏やかに照らす。仕事終わりに一杯やろうと話す男たちに、夕飯の支度をせねばと慌てて帰路につく女性の姿。隣の家からは今日のディナーなのか、とてもいい匂いがしてきた。そろそろ俺も支度をしないとな…なんて考えていると、ふと見知った少女の姿が視界に入る。丁度学校帰りなのか学生鞄を背負い、空いた両手には野菜と思しきものを抱えている少女。そして少女はそのままこの家の入口まで来ると、玄関のチャイムを鳴らした。
「お邪魔します」
「どうしたんだ、今帰りか?」
少女…を迎え入れるワトソン。自分はここの家主ではないが、ホームズの家にいるのは日常茶飯事なのでも彼がここに居るのは今更驚かない。
「ええ。姉さんは今日泊りがけの仕事で居ないから、ショルメの家に泊まる予定だったの」
はここから少し離れた別宅で姉と二人暮らしをしている。本家は郊外にあるらしいが、今は学校に通うために街へと移り住んでいるらしい。そんな彼女の姉は、仕事で時折家を空ける。いくら街中とはいえロンドンは犯罪の絶えない場所だ。そんな所に妹一人をおいていくのを不安に思った姉は、その度にホームズの家に泊めてもらうようお願いしに来るのだという。
「ワトソンはお仕事?」
「あぁ、そんなもんだ。それよりその手に持ってる食材は?」
「これ?タダで泊まらせてもらうのは悪いから、夕飯は私が作ろうと思って」
そう言っては学生鞄をリビングに置くと、袋から食材を取り出す。
「ねぇショルメ、ジャガイモはまだあったわよね?」
「私は使っていないよ。そこにいるワトソンが使ってしまっていたら別だが」
「俺は今日はここで料理してないだろ」
「そう?なら大丈夫ね。この前持ってきた香辛料は?」
「あれは確か保管庫に入れておいたはずだが」
「牛乳は買っておいてくれた?」
「今朝一番の搾りたてを購入済みだ」
はホームズの方に視線を向けることなく、テキパキと材料を準備していく。そしてホームズも手元の書類から目を離すことなく、の問いに答える。
「よし、これなら予定通りシチューが作れそうね。今日はワトソンもいるから豪華に出来そう。ねぇワトソン、手伝ってもらっていい?」
「へ?……あぁ、もちろん」
不意に話を振られて間抜けな声が出てしまった。だがそれよりも、なんなんだこの二人の会話は。完全に夫婦じゃないか。
「………」
「ワトソンどうかした?」
「いや何でもない」
「そう?具合悪いなら手伝わなくても大丈夫よ?」
「いやいや平気だから、な。ほら早くしないと夜中になっちまう」
「?」
ワトソンはの背中を押すと、急いでキッチンへと向かう。その前に一瞬だけホームズの方へ視線を向けると、そこには普段通りに振舞ってはいるがほんの少し嬉しそうな顔があった。
「………」
これで両者に一切の自覚がないのだから恐ろしい。でもまぁここまでの仲なのなら、そこまで心配は要らないだろう。
「今からスピーチでも考えとかないとな」
そう遠くない未来に見られるかもしれない二人の晴れ姿が写真立ての隣に並ぶことを想像しつつ、ワトソンは優しく微笑んだ。