しるしの波紋



※CROWDのLOVE(COMMUNICATION)ルート前提


首筋に触れる唇の感触。
甘やかな痺れとともに、痛みを感じる。
「ウキョウ、さん……?」
「オレもオマエの恋人だってこと、主張しておきたい」
「何したんですか……?」
「今日、オマエがオレと一緒にいた、って証拠を残しただけだ」
ウキョウはそれ以上は語らず、抱きしめる腕の力を強くする。その温もりがどうしようもなく嬉しくて、もそれ以上の追求はしなかった。





そんなやり取りをした次の日。
今日は冥土の羊でバイトの日で、が着替えを済ませて更衣室から出てくると今ちょうど到着したと思われる彼女と遭遇した。
「おはよう、今日は遅かったね。何かあったの?」
「来る途中で可愛い猫に会ったんだけどね、その子が凄く人懐っこい子だったから可愛くてつい長居しちゃった」
「へ~いいな私も会いたかった」
「だったら今日帰る時に一緒に探しに行かない?もしかしたらまた会えるかも」
「それとってもいいアイデア!バイト終わりが楽しみになっちゃった」
「ふふ、じゃあ私着替えてくるね」
他愛のないやり取りの後、彼女は更衣室へと向かう。するとすれ違う途中、ふと気になる事を言われた。
「ねえ、その首の後ろのとこって虫刺され?赤くなっちゃってるよ」
「え?」
そんなところ刺された覚えはないのだが、もしかして昨日寝ている間に刺されたのだろうか。確認しようにも鏡で見える位置ではないようだし、どうしたものか。
「痒くはないけどそんなに目立つところなのかな…だったら何かで隠したほうが」
休憩室の鏡の前で四苦八苦していると、先に準備を済ませていたイッキが部屋へと入ってくる。
どうしたの?鏡の前でウロウロして」
「あ、イッキさん丁度良いところに。首の後ろを虫に刺されちゃったみたいで、気になるんですけど自分では確認しようにも難しくて…もし目立つようだったら隠すんですけど、どうでしょう?」
「あーここか、確かに赤くなってるね…言われなきゃわからないと思うけど、女の子だし確かに気になるよね」
「やっぱりあるんですね…」
「うん。というか、これ虫刺されって言うより……」
「イッキさん?」
「なんだか、キスマークに見えるというか」
「?!!」
イッキの言葉に頭の中が真っ白になる。キスマークだなんてそんなもの、付けられた覚えはない。
「そっ、そんなわけないですよだって誰にも触れられた覚えはな…い……」
ふと昨日の事を思い出す。ウキョウに後ろから抱きしめられ、キスをされた時に感じたあの感覚。もしかして。
「………」
?」
「いやいやまさかそんな」
頭を過ぎった答えを打ち砕くように首を振る。確かになんとなく痛みもあったし、残すとかなんとか言われた気がしなくもない。でもまさかそんな見えるような場所に付けるなんて、いくらウキョウでもしないだろう。……いや、別人格のウキョウならあり得る。
「……もしかして」
「ち、違いますよ…!」
「明らかに思い当たる節あるでしょう」
「全クナイデス」
「棒読み…って事は当たりか。ふーん、ウキョウさんも存外やるんだね?」
「だから違っ…!」
「おや、さんがそんなに慌てているなんて珍しいですね。どうかしましたか?」
「店長?!」
もしかして店長にも聞かれてしまったのだろうか。だとすると非常にまずい。正直イッキだけで手一杯なのだ。これ以上話が広がる前になんとかしなければ。
「何でもないですそれよりもう朝礼の時間ですよね早く終わらせて開店しましょう!ね!」
「でもまだ彼女がいらっしゃらないようですが」
「今着替え中ですのでもうすぐ来ると思います!」
「では待っている間にお聞きしても?」
「ノ、ノーコメントで…」
「あとで僕から話しますよ。色々と思うところもありますし」
「イッキさんは黙っててください…!」
その後なんとか二人を言いくるめて仕事を開始したはいいが、それがあると認識しているだけでどうしようもなく恥ずかしい。仕方なくは縛っていた髪を下ろして首元を隠し、ホールへと向かった。





それからは比較的順調に進んでいたのだが、転機は昼頃に訪れた。
「お帰りなさいませご主人様」
扉の開く音に合わせて反射的に声をかけると、目の前に立っていた人は今一番会いたくない人物。
「ウキョウ…さん……」
「あれ?今日は髪下ろしてるんだね。いつものも可愛いけど、それも良く似合ってるよ」
「あっ、ありがとうございます…!じゃないです!」
「?」
開口一番褒められつい嬉しくなってしまったが、今はそれどころじゃない。は慌ててウキョウを外へと押し返す。
「ご主人様、今日はもう一度お出掛けになってはいかがでしょうか」
「えっ?!なんで?!せっかく来たのに!」
「ほら良い天気ですし散歩日和ですのでそのまま本当のご自宅まで行くのをお勧めします」
「それ酷くない?!なんでそんな事言うの!」
「色々事情があるんですよ今ウキョウさんにここに居られるとまずいんです私にとっても貴方にとっても!」
「えー!何でまずいのかせめて理由を…」
「ご主人様、その理由でしたら僕たちがお話しします」
「!」
必死の攻防虚しく、ウキョウはイッキと午後のシフトで来ていたシン、トーマ、ケントに連れて行かれてしまう。
「え?うん、ありがとう教えてもらえるのは嬉しいんだけどなんかみんな表情固くない?何で?」
訳も分からず連行されるウキョウ。あの様子だとイッキがほかのメンバーに今朝のやりとりを話したのは明らかだろう。
「………」
過保護にされているのは彼女だけかと思っていたが、存外自分も大切にされているのだろうか。それとも単純にウキョウ(の別人格)のやった事への興味とか面白半分とか茶化しとか日頃の鬱憤をさりげなくぶつける為のものなのか……多分後者だろうな。そんな事を疲労した頭で考える。だがもう後の祭りだし自分にはどうしようもない。でも恥ずかしいのは確かだから、今度交換ノートに文句の一つでも書いておこう。そう心に誓い、はその場を後にした。
それから少しして、8番テーブルの方から
「それは俺がやったんじゃない!」

「やっぱり俺がやりましたいや本当は俺じゃないけど!」
と言ったなんとも言い難い必死の弁明が聞こえてきたのは言うまでもない。