SOS



「ったく何で俺はいつもいつも全部適当なんだめんどくせーな!」
自分で自分に文句を言うという不思議な状況の下、ウキョウは洗濯物を籠から取り出す。 本来なら主人格のウキョウが身の周りの家事をやるべきなのだが、いかんせんズボラなのでまだ大丈夫と言ってなかなか動こうとしない。 なのでそんな現状を見るに見兼ねたもう一つの人格であるウキョウは時折こうやって家事をこなしている。 今は丁度洗濯物を干している最中だ。
「一人暮らしだから量が少ねーとかそういう問題じゃねーんだよ。溜めたらその分汚れも落ちにくくなるし、臭いだって気になるだろうが」
主婦顔負けの主張をしつつ、ウキョウは手際よく濡れた服を干していく。とっくに成人してひとり立ちしている、しかも一丁前に彼女までいる身分なのにここまで適当だと正直自身の将来に不安を覚える。 それともどうせオレがやるからやらなくても大丈夫、などと調子のいい事を考えているのだろうか。もしそうだとしたら文句を言ってやろう。 そんな事をつらつらと考えつつ手を動かしていると…ふと見慣れないものが目に入った。
「なんだこれ」
絡まる洗濯物を外しつつそれを広げてみる。それは可愛らしいレースとリボンのあしらわれた女性物のショーツだった。
「…?!!」
なんだこれは。確か俺の趣味が変な柄のパンツ集めとかいう馬鹿みたいなものだったからその延長か? いやでもあくまで履けるものだけ集めていたようだしそれにしてはサイズが小さい…いやいやそれ以前に明らかに女性物だしこんなものに手を出すほど俺の性癖は歪んだのか?若干混乱しつつ、ウキョウはまじまじと手に持ったショーツを見つめる。 当たり前だがショーツは何も言ってくれない。
「………」
静寂が流れる。すると、それを破るかのように玄関のチャイムが鳴った。
「!」
反応出来ずそのまま固まっていると、少しして鍵の開く音がする。合鍵を持っているという事は、どうやら来訪者はらしい。だが例え相手がだろうとこの状況を見られるのはマズイ。慌てて手に持ったショーツを隠そうとした…が、時すでに遅し。扉を開き、が中へと入ってくる。
「あ、あれ…?ウキョウさん居たんですね私てっきり居ないものかと…!」
はなんだか少し落ち着かない様子だが、正直今はそれどころじゃない。
「あ、あぁ…」
思わず歯切れの悪い返事になってしまうが、もそこまで余裕がないのか特に気にならなかったようだ。
「えっと、私昨日泊まったじゃないです、か、それで、なんか忘れ物したみたいで、っと、その、もしかして、見つけたりしてません…?」
そう言ってそわそわと辺りを見回す様子から察するに、相当大事なものを置き忘れたようだ。そんなものあっただろうかと記憶を辿り、ウキョウは一つの結論にたどり着く。もしかして。
「………」
視線が手元のショーツへと向けられる。
「………」
無言で手元を見るウキョウに釣られ、の視線もウキョウの手元…にあるショーツへ。
「………」

そして沈黙。

「きゃぁああ!!!!」
「?!??!!!」
悲鳴とともには顔を真っ赤にしてわなわなと震える。
「ウ、ウキョウさ、そ、それ…!!」
涙目になりながら主張するが、恥ずかしさが優って上手く言葉が出ないようだ。
「こっ、これは偶然入ってただけだ!!!!…多分……」
何しろ主人格の自分がやった事は記憶の補完が出来ないので、憶測でしか弁明が出来ない。 だがさすがに恋人の下着を盗むほど落ちぶれてはいないだろう……いないはずだ。
「多分ってなんですかぁ!!」
「オレに聞くんじゃねーよ!!」
むしろオレが聞きたい。それから暫くわけのわからない問答が続き、ようやく落ち着いたがここに来た理由を口にした。
帰宅後下着が無い事に気づいたは、ここに忘れたのではと思い家まで来たはいいが家主は留守(インターホンを鳴らして出ないからそう思ったらしい)。 それならむしろ好都合だと以前渡された合鍵を使って中へ入ったそうだ。 すると居ないと思っていたオレと対面し困惑、更には探していたものをオレが持っていて混乱。
そして今に至る。
「最悪見られてるかな…とは思ったんですがまさか洗われてたとは思わなくて…」
俯き耳を赤くしながら呟く
「どうせ俺の事だから、洗面所に置いてあったもんよく見もせずに洗濯機に入れんだろ。好きで洗ったわけじゃねーよ。 だから文句があるなら戻った時俺に直接言え」
「は、はい…」
「ほら、もう忘れるんじゃねーぞ」
恋人にショーツを手渡しするなんて側から見たらわけのわからない絵面だがどうしようもない。はしぶしぶそれを受け取った。
「次泊まる時はよく確認するんだな…っと、クソ、噂をすればだ。もう戻るからそれ早く隠せ」
この感覚は人格が入れ替わる時のものだ。手際よく用件だけ述べると、ウキョウは瞼を閉じる。
「え?!ちょっと待ってください…!」
意識が途切れる間際、が慌てて引き止める声が聞こえるがどうしようもない。 この調子だと隠すのは間に合わなさそうだな、と思いつつ、ウキョウは意識を手放した。
そしてその場には展開について行けずにショーツを手に持ったままのと、現状が全くわからない主人格のウキョウが取り残される。
「あれ…?どうしてここに?確かもう帰ったん…じゃ……」
ウキョウの視線がの手に注がれる。そこにあるのはもちろん。
「っ!!!!!」
本日二度目の悲鳴は、閑静な住宅街にそれは盛大に響いた。