涙の数だけ今度は笑って
今日はウキョウさんの誕生日。
みんなに協力を仰いで、冥土の羊を貸し切って。ギリギリまで準備して、好きそうな食べ物を用意して、楽しんでもらえるように頑張った。だからきっと大丈夫。
「本当に大丈夫かな……」
5分おきに時計を確認するの表情は硬い。もうすぐあの子とサワがウキョウを連れてくる時間になる。バレないよう入念に手回ししたし、シミュレーションもたくさんした。それでも心配なのは、心から喜んでもらいたくて仕方がないからだろうか。
「、リラックスしろって。顔引きつってるぞ」
「ってか、時計見過ぎ。あいつらが時間間違えない限り大丈夫なんだからもっと落ち着けよ」
落ち着かせるようにトーマとシンが話しかける。はじれったそうに頷くが、ソワソワとした様子は変わらない。
「ウキョウさんって本当に愛されてるよね。正直妬けるな」
「本人曰く、片想いの期間が長かったんだ。仕方ないとは言えるな」
そんなの様子を観察しつつ、イッキとケントは飾り付けの最終確認を行う。恋愛に疎いと言われるケントにさえ分析されているあたり、の不安は余程のものであるのだろう。
「もうすぐ時間だから、初めにクラッカーで出迎えて…その次は……」
ブツブツと呟きながら右往左往する様は苦笑を誘い、の心境に反して場は和やかな空気に包まれていた。
その時、の携帯に一通の通知届く。差出人はあの子。どうやら到着したらしい。
「えっもう来ちゃった…!どどどうしよう…!」
「どうもこうもないだろ。ほらクラッカー」
「あ、ありがとう…」
「大丈夫だよ。こんなに頑張ってるんだから、ウキョウさん喜んでくれるって」
「はい…!」
「ほら、主役のお出ましだ」
ホールに続く扉に人影が映り、ゆっくりと扉が開かれた。
「「「ハッピーバースデー!」」」
「?!!」
部屋に入った瞬間に聞こえた破裂音と降り注ぐ紙吹雪に、ウキョウは目を見開いて驚いている。一番初めのサプライズは成功したようだ。
「………」
「?」
「………」
「ウキョウさん…?」
ウキョウは固まったまま動かない。こういったイベントには慣れてないだろうし、もしかして驚かせ過ぎたのだろうか。は何度か声を掛けるが、ウキョウは黙ったままだ。
「あの…ウキョウ、さん…?」
「うっ…」
「?」
「うぅ…!」
「っ?!」
ようやく言葉を発したウキョウはあろうことかボロボロと泣きだした。次はその場にいた面々が驚く番だ。
「ウキョウさん大丈夫ですか?!」
「う……ひぐっ……」
「もしかしてクラッカーの中身直撃したとか?!」
「ううん…違う……」
「じゃあ紙吹雪が目に入ったとか…?」
「違う~…!」
オロオロしながら質問する達とボロ泣きしながら答えるウキョウ。そんな状況下でいち早く冷静になったのはケントだった。
「ウキョウくん。その涙の理由を私たちに教えてもらえないだろうか。理由がわからなければ対処のしようがない」
「え、あ…そうだよねごめん!俺、ついこの間まで自分の誕生日を迎えられるなんて思ってなくて」
「……?」
と彼女を除く全員が頭に疑問符を浮かべたが、ウキョウはそのことには気づかずに言葉を続ける。
「だから凄く嬉しいんだ。しかも迎えるだけじゃなくて、冥土の羊のみんなにお祝いしてもらえるなんて……まるで夢を見てるみたいっていうか、夢にしたって出来すぎてるっていうか。正直今日までの毎日だって夢みたいだし、でもそれは紛れもない現実で。それが凄く幸せなんだ」
話している途中でまた泣きそうになったのか、ウキョウは慌てて涙を拭った。
「………」
巡る8月の事を知っているのは、ごく一部の人間だけだ。だが他の面々はウキョウが普段通り大げさに喜んでいるだけだと受け取ってくれたようで、それ以上の追求はなかった。
「それより早く中に入ろうよ。せっかく用意した料理が冷めちゃう」
「そうそう!ウキョウさん、今日は主役なんですからもっと堂々としてください!」
「えっと…そうだね。お言葉に甘えて、今日は目一杯楽しむことにしようかな」
それからみんなで料理を食べて、ケーキを切り分け、順番にプレゼントを渡し…最後にの番が回ってきた。
「私からのプレゼントは、これです」
「フォトアルバム?」
「はい。でもただのアルバムじゃありませんよ。開けてみてください」
に促されてページを捲る。中にはたくさんの写真が収められており、その全ての写真にウキョウが写っていた。
「これって……」
顔をあげるウキョウ。驚きとも喜びともつかない表情でを見つめれば、はにっこりと微笑んだ。
「ウキョウさんが写ってる写真を集めてみました。前に言ってましたよね?写真は撮影するばっかりだから自分が写ってる写真は案外少ないんだって……だからみんなに協力してもらってウキョウさんを撮影したんです」
冥土の羊メンバーと談笑する様子を始め、紅葉や雪など様々な風景と共に撮影された写真がそこには収められている。きっとこの計画は、8月が終わってからすぐに立てられたものなのだろう。
「あ、これ懐かしい!みんなで温水プールに行った時のだよね」
「あの時はウキョウさんにボールが直撃して大変だったんだよな」
「こらシン、嫌な思い出まで思い出さないの」
「うわ~女装デーの時の写真まで入ってる!」
「ウキョウさんの驚き顔、永久保存版だって思ってたんですよね。先輩ナイスです!」
「しかし私達の姿も一緒に写っているのは少々頂けないな」
「えーケンの女装あってこそのこの顔でしょ」
「おや?さん、この写真は…」
「それはあの子が撮ってくれた写真です。私の一番のお気に入りです」
いつの間にかウキョウの周りには冥土の羊メンバーが集まり、ちょっとした思い出鑑賞会になっていた。それから暫くして、ウキョウがぽつりと呟く。
「こんなに撮ってくれてたんだ…全然気付かなかった」
「ウキョウさんには内緒だったので若干盗撮みたいになってる感が否めないのが反省点です」
「ううん、すごく嬉しいよ。ありがとう」
またもや涙腺が潤んだのか、ウキョウの瞳には涙が浮かんでいる。
「だけじゃなくて、みんなも。本当にありがとう…!」
「あぁ泣かないでください…!」
は苦笑しながらウキョウの涙をハンカチで拭う。
「そんな泣かないでください。これからウキョウさんにはもっと幸せになってもらうんですから」
「?」
「今まで泣いた分、いっぱい笑ってください。心から幸せになってください」
「っ!」
「お誕生日おめでとうございます、ウキョウさん」
「……うん、今日は最高の誕生日だ」
それはまるで魔法のように、じんわりと広がる幸せの言葉。繰り返した出逢いの先にあった誕生日は、人生で一番温かかった。