最後の約束



冥土の羊のメンバーと常連客、という毎度同じみの面子での花火大会。祭り独特の浮き足立つような雰囲気、あちこちから心を誘う出店の数々……気づけばみんなとはぐれ、はウキョウと二人きりになっていた。
「結局毎回はぐれるんだよね……メンバー全員で花火見たことって今まであったかな?」
「私の記憶が正しければ無いです」
「やっぱり。一度くらいはみんなと見たかったなー……」
「そうですね」
そのままお互い無言になる。どうせそんな日が来る事など無い。それがわかっているから、これ以上の会話は無意味だ。すれ違う人々の活気に対し、二人の間には冷たい静寂が漂う。集う熱気に押され、気づけば花火会場から離れた場所まで来ていた。暫くすると、遠くの空に光の花が散る。どうやら花火が始まったようだ。
「始まっちゃいましたね、花火」
「本当だ。だいぶ遠いなー…ここからじゃよく見えないね」
「………せっかくだし、違う鑑賞の仕方しません?」
「?」
「ここからはあまり見えないですし、かと言って今からあの人混みの中を掻き分けて会場に行くのは困難です。だったら別の場所から楽しむのもありかと」
そう言っては少し離れた所にある電波塔を指差した。展望台が併設されているので、あそこからなら花火がよく見えるだろう。
「でもあそこって混むよね?確か入場するのに予約も必要だったはず…」
「大丈夫です、入らなければいいんです」
「それってどういう…」
「詳しくは着いてから話します。私と行くリスクを考えて拒否するならそれも構いません。行きますか、行きませんか?」
捲したてるように言葉を紡ぐにたじろぐウキョウ。普段はもっと曖昧な質問しかしないのに、今日はやけに直接的だ。
「ウキョウさんが来ないなら私一人で行きますね」
「待って待って!俺も一緒に行くから!夜道を一人で歩かせるわけにもいかないし、ちゃんと花火も見たいから一緒に行きます!」
「そうですか。じゃあついて来てください」
「う、うん…」
踵を返してそそくさと歩いて行ってしまうの背中を必死で追うウキョウ。奇妙な追走の後、電波塔の前に着くとはようやくウキョウと向き合った。
「ここ、外階段が一般に開放されてるんです。中は予約が必要ですけど外は要らないから、ここから登れば展望台の近くまで行けます」
「そんな風になってたんだ…来る機会ないから知らなかった」
「私のお気に入りの撮影スポットの一つです。今までも何度か登りましたが、手摺りが外れるとか、階段を踏み外して転落したような事はないので安心してください。それにまだ25日までは時間がありますから、注意していれば大概の事は回避出来る筈です」
「………」
世界の修正する力がどこまで影響してくるかはわからない。いくら大丈夫だと言っても、それが確実である根拠などどこにもないのだ。でも。
が教えてくれた大事な穴場なんだし、行くよ。大丈夫、俺そんなにヤワじゃないし起こりうる危険はちゃんと把握してるつもりだよ」
「………ありがとうございます」
ウキョウの言葉に、はようやく張り詰めていた空気を解いた。
「じゃあ行きましょうか。早く行かないと花火終わっちゃいますし。段数結構ありますけど……ウキョウさんなら大丈夫ですよね?」
そう言われて電波塔見上げると、外階段は遥か上空へと続いていた。終わりは霞んでいてよく見えない。断った方が良かったかも…なんて考えが一瞬頭をよぎったが、ウキョウは意を決して一歩を踏み出した。





それから何度か休憩を挟み、二人はようやく階段を登りきった。同じ段数を次は降りねばならないのかと思うと辛いところがあるが、その考えは上がった花火によって打ち消された。
「凄い…!ここってよく見えるんだね」
「はい。だから絶好の穴場なんです」
火花の爆ぜる音が空気を震わせ、その振動が肌に直接伝わってくる。それくらい近くに花火を感じることが出来るなんて、思ってもみなかった。
「カメラ持って来れば良かったな……」
「そうですね」
花火の音がやけに大きく響く。大輪の花は咲いては消え、散っては開き、夜空に幾度となく色を添えた。
「……ウキョウさん」
しばらくして、がぽつりと呟く。
「知ってますか。こうやって二人で花火を見るの、実は初めてなんですよ」
視線は花火に向けたままで、その表情を見る事は出来ない。
「最後にいい思い出が出来ました。ありがとうございます」
……」
その時、一際大きな花火が打ち上げられる。
「ごめんなさい。今回が最後みたいだから我が儘言いました。ウキョウさんと、私だけの思い出が欲しかったんです」
花火に照らされた表情は、今にも泣き出しそうな笑顔だった。
「本当は、ウキョウさんはあの場に居るべきだったんですよ。そうしたらきっとあの子と再会して一緒に花火を見る事が出来た。私が誘わなければ、貴方は今、彼女の隣にいたんです」
、」
「最後のチャンス、なんですよね?そんな大事な時なのに、私は身勝手な理由で邪魔をしたんです」
「それは違う」
「違くないです。私は最初から、ウキョウさんの邪魔しかしてません」
「違うっ!!」
衝動的に抱きしめれば、は腕の中で身体を強張らせる。瞳に溜まっていた涙がはらりと零れ落ちた。
「彼女の事は大切だよ。この世界が最後のチャンスなのもそうだし、もう失敗は出来ない。彼女は絶対に死なせない」
「だったら」
「でもね…君の事も、同じくらい大切にしたいんだ」
さっきまで間近に感じていた花火の音が遥か遠くに聞こえる。でも鼓動はうるさくて、外に音が漏れてしまっているのではないかと錯覚してしまう。
「繰り返す8月の中で、君だけは俺の隣にいてくれた。忘れられた俺を、ただ一人覚えていてくれた。それはね、凄く心の支えになってたんだ」
「でも貴方は、彼女を愛したからそうなる道を選んだ」
自らの首を絞めるような発言をするにウキョウは苦笑する。こうやって、いつもは本当の言葉をくれる。
「うん、そうだね。彼女の事は今も好きだし、生きてて欲しいって思う。幸せになって欲しい」
「………」
「それと同時に、にも同じくらい幸せになって欲しい。ずっと支えてくれた君に、もうこれ以上泣いて欲しくないんだ。泣かせてる原因はほぼ俺にあるし、欲張りだってのはわかってるけどね」
打ち上げられる間隔が次第に短くなっているから、そろそろ終わりなのだろう。そんな事が頭の片隅に浮かぶ。
「まだ、この気持ちに名前を付ける事は出来ない。でもね、俺もと一緒に花火見たいって思ったんだ」
「ウキョウ、さん…」
瞬間、最後を飾るに相応しい光が空一面を覆った。
「ありがとう、。俺も最後に良い思いが出来たよ」





あれからお互い一言も喋ることなく二人は地上まで戻った。
最後の一段を降りて地に足を付けた時、がようやく口を開く。

「また、来年」
「?」
「次じゃなくて、来年。今度はみんなで来ましょう。ウキョウさんを知ってるみんなと、誰一人欠けることなく」
「………」
「約束、してください」
「………」
しばしの沈黙。その間はじっとウキョウの答えを待つ。
「……わかったよ。約束する」
「やぶったら針千本飲ましますから」
「それはちょっと嫌かな」
が小指を差し出すと、ウキョウもそれに倣い指を絡めた。固かった空気が綻び、二人は自然と笑顔になる。
約束なんて言っても所詮は気休めでしかない。本当は無理だと思ってさえいる。
「約束、です」
でも、今はそれが一番心強い祈りに思えた。