惑いの炎
次第に上がる室温。扉一枚を隔てて、燃える炎の熱を感じる。このままここで蒸し焼きになるか、その前にこの閉鎖された箱を吊るしたケーブルが焼き切れるか、どちらにせよまともな死は待っていないだろう。空気を吸えば喉が焼け、吐けば気力が奪われる。あぁ、視界もぼやけてきた。でも薄ぼんやりと見える視線の先に彼を見つけ、それだけで心が満たされるのだから私はある意味幸せなんだと思う。確実に死に向かっている確信と恐怖がある中で、彼の隣で最期を迎えられるのだから。もうそれだけで充分。
「ウ、キョウ……さん……」
乾いた喉から無理やり声を引き出す。正直自分の声がどんな風に届いているのかさえわからない。
「すき……です………」
「っ!」
死に際でこんな事を言われて、彼は一体何を思うのだろう。少しは心に留めてくれるだろうか。延々と繰り返す8月の他愛のない出来事として処理される可能性の方が正直高いとは思うけれど。でも、今伝えたかった。
「だい……す……………っ……!」
不意に襲った苦しさは、熱のせいではない。次第に締まる喉。気道が狭まり意識が混濁する。そんな中、彼と視線が交差した。
「…………!」
死が支配する状況でも尚鮮烈な瞳。彼はもう一人のウキョウだろう。無言のまま私の首に手をかける彼の表情は、ともすると泣きそうに見えた。
「……っ……………、……、………」
最後の力を振り絞り、掠れた言葉を紡ぐ。
「………!」
一瞬彼の力が弱まった。だが彼はすぐその手に力を込め直す。脳に酸素がいかないから、もう頭がまわらない。それでも本当に最後、私はゆっくりと笑顔を浮かべた。
そこで、フェードアウト。
痛みも意識も、心すら無い空間に、私は放り出された。
そしてまた、やり直し。
熱い。文字通り身体が焼ける。
はもう駄目だろう。俺だってそろそろ限界が近い。エレベーターに閉じ込められて火事に巻き込まれるパターンなんて初めてだから正直どう対処しようかとも思ったが、結局は身体を焼かれて終わりだ。これならまだ転落死の方があっさりして良かった。だが俺の思いが反映されるはずもなく、運命の死は刻一刻と迫ってくる。
また失敗か。
そんな事を漠然と思った時。
「ウ、キョウ……さん……」
炎の爆ぜる音で掻き消えてしまいそうなくらい小さく、でもしっかりとした意志を持った言葉。
「すき……です………」
「っ!」
あぁどうして。
こんな状況に追い込まれているのは元を正せば俺のせいなのに。なのに何故はこんなにも、俺の傍に居てくれるのだろう。
世界から忘れ去られた自分を唯一認識しているのがだ。そんな存在だから明確な拒絶なんて出来ない。でも彼女を好きな俺がの気持ちに応える事は出来ない。そんな俺の弱くて狡いだけの気持ちを理解した上で、それでもいいと、好きと言ってくれるから。だからいつまでもこうやって、ぬるま湯のような関係に浸かっていたくなる。
「だい……す……………っ……!」
がもう一度言葉を口にする寸前で、俺の意識は暗転した。死の間際の痛みがあいつを呼び覚ましたせいだ。意識が途切れる途中、見えたのは俺に首を絞められたの姿。苦痛に歪むはずの顔は優しく微笑み、辛うじて動く唇で必死に繋いだ言葉は。
「ありがとうございます」
きっとは気づいて居るのだ。このまま炎と熱に巻き込まれて死ぬよりも早く、眠らせたいと願ったあいつの気持ちに。そして、を救えなかった俺の後悔にも。
どうすれば。一体どんな道を辿れば、俺の願いとの願いが叶うのだろうか。そんな思いがぐるぐると回る中、俺の身体は炎に包まれた。