貴方と歩む、これは奇跡の物語



今日は特に何もすることがないし、久しぶりに冥土の羊にでも行ってみよう。普段はそんなこと思わないけれど、珍しくあそこの訳のわからない料理を食べたくなったから。ただそれだけの理由。
その判断が間違っていた。
「それで、ちゃんは誰が好きなの?」
「このくらいの年の子だと、クラスメイトが定番ですよね」
「もしかしてオリオン君とか?一緒にいるのよく見かけるし」
「………」
なんでこんな目にあわなければならないのだ。頼みの綱の存在は今日に限って居ないし(しかもよりによってウキョウと出掛けているらしい。つまりはウキョウの助けも借りられないということだ。…まぁ正直こちらは救援人材としての要素は薄いが)、冥土の羊の客は自分ひとり。他の客に迷惑を掛ける心配もないから彼女たちは好きなだけに絡んでくる。
そんなこんなで、は彼女とミネ、そしてサワから質問攻めにあっていた。
傍から見ればこれは他愛のない恋バナ、女の子同士のよくある会話にしか見えないのだろう。これだけ騒いでいるのにも関わらずワカが口出しして来ないあたり、微笑ましいとでも思われているに違いない。だが生憎自分はそういうものが非常に不得意だ。というか楽しくもないし話したくもない。
だってつい先日まで死を司る神として、人間とは一線を画する存在として生きていたのだ。色恋沙汰なんて縁のないものだったし、これからも触れたくない事柄トップ5に入る程度には面倒だと認識している。何故ならウキョウ達が歩んできた道を鑑みればそれは火を見るより明らかな事実であるからだ。
「………別に誰も好きじゃない」
ぶっきらぼうに返すも、その反応を恥ずかしいと勘違いした三人は各々楽しそうに会話を弾ませる。
「え~そんなこと言わずにお姉さんに教えて教えて!」
「サワ先輩、ここは誘導尋問で行きましょう」
「それいいね!オリオン君じゃないってことは、やっぱりクラスメイト?」
「違う」
「冥土の羊の誰かとか?」
「違う!」
「もしかして…ニールさん、とか?」
「っ…!」
彼女の言葉に一瞬詰まる。なんでそこでニールの名前が出てくるんだ。
「もしかして図星?」
「この反応は脈アリって感じですね」
ちゃんはあの人が好きなんだ…」
「ち、違っ…!」
なんとか弁解しようとは必死に言葉を並べる。
「好きなわけないでしょあんな奴!あんなに何もできなくて、放って置くと不安しか煽らないから定期的にみてないと心配で仕方ない奴なんてこっちから願い下げだから!」
「………」
無言の三人。これは上手く伝わっていない感じか。
ちゃん…」
「これはもしかしなくても」
「ベタ惚れってやつ?」
「違うっ!!!」
よりによって最悪の勘違いをされたようだ。ここからどう軌道修正しよう。必死に思考を巡らせていると、入口の扉に下げてあるベルが鳴った。どうやら新しい客がきたらしい。ならばこの話は打ち切りになるだろうとは藁にも縋る思いでそちらに視線を向ける。が、
「あ、君も来てたんだね」
そこに立っていたのは噂のニールその人。最悪のタイミングである。
「なんであんたがここに!」
「なんでって、お昼を食べに来ただけなんだけど…」
「よりによってなんで今来たのって言ってるの!」
「ニールさんもここのお得意様なんだよ。オリオンと一緒にたまに来てくれるの」
「そうだよ。も来る予定だったら始めから誘ったのに」
「あんたが来るって知ってたら絶対来なかったから」
「え~…」
「まぁまぁそんなこと言わずに。ご主人様、せっかくだからお席はお嬢様と同じでよろしいですか?」
「うん、僕はそれで構わないよ」
「私は構うから変えて頂戴だって空いてるんだもんわざわざ同じ席に座る必要ないでしょ」
全力の否定も虚しく、ニールはと同じ席に座る。
「今日は何を頼もうかな。オススメはあるかい?」
「それならこの『恋人限定スペシャルパフェ』がオススメですよ!」
「じゃあそれをお願いするよ」
「では私たちは厨房に行きますので、あとはごゆっくり~!」
三人は先ほどと同じ、勝手に解釈して勝手に楽しんで勝手に厨房へと下がってしまう。そしてその場にはニールとのみが残された。
「………最悪」
ほんの少しの気まぐれで来ただけだったのに、まさかこんなことになるなんて。本当についてない。
「そんなに僕と一緒は嫌?」
「………」
「僕は嬉しいよ。最近は大学が忙しくて、君に会う機会が少なかったから」
「………つに」
?」
「………別に、嫌だとは言ってない。妙な勘違いされたから困ってるだけ」
「そっか」
ニールの事は好きじゃない。でも嫌いでもないのだ。だってもうそういう次元の付き合いじゃないから。ずっとずっと、気が遠くなるくらい長い時間を神として生きて、その中でなんとなくお互いの存在を感じていた。そんな相手だから、今更好きとか嫌いとか、きっとそういう人間らしい尺度ではこの感情は推し量れない。
「その勘違いの理由は聞いちゃ……駄目みたいだね。うんわかった聞かない」
の心の底から嫌そうな顔を見て苦笑するニール。
「よっぽど大変だったんだね」
「当たり前でしょ。あんな風に絡まれるの好きじゃないし」
「でもなんだか楽しそうだったよ?」
「そう見えるならあんたの目は節穴ね」
「相変わらず酷いなは」
「そんなの今更でしょ」
「そうだね。は昔からそうだった」
あの時はまさか隣に座って他愛のない話をするようになるなんて夢にも思わなかった。それくらい今のこの瞬間は有り得ない。それこそ奇跡と呼べるくらいには現実味がない。
「……奇跡、か」
ぽそりと呟いた言葉がニールの耳に届いたかどうかはわからない。
「……そう考えると、少しはあんたを認めてもいいのかもね」
「?」
「ううん、何でもない」
願いを叶える神と、死を司る神は決して相容れることなどなかった。だからこれは、想像することすら出来なかった物語。それが今目の前に広がっているのだとしたら…少しだけ、素直になってもいいのかもしれない。
「さっきニールが頼んだパフェ、せっかくだから一緒に食べてあげなくもないけど。多分あれ二人用だし」
「ほんとに?ふふ、嬉しいな」
嬉しそうに答えるニールに釣られ、の表情も少しだけ柔らかくなる。それと同時に、胸の中に微かな熱が灯る。
気まぐれで来るんじゃなかったと思ったけどそれは訂正することにしよう。そんなことを思いながら、は穏やかに微笑んだ。