甘えんぼにゃんこ
※ヒロインに対応した猫も登場します
冥土の羊の探偵事務所に内閣総理大臣の愛猫が預けられて数日が過ぎた。
ネコ達はもうこの場が自分の第二の住処であるかのように振る舞い、社員も皆その光景に慣れつつある。今は待機中のイッキとがネコの面倒役を仰せられたのだが、基本は自由気ままに過ごすネコ達を眺めているだけなので特に大きな問題も無く時間は過ぎていった。
「平和ですねぇ……」
イッキの隣に並んでソファに座りながら、はお茶請け用に置いてあったクッキーを頬張る。穏やかな昼下がりにネコと戯れる、しかもそれが仕事だなんて最高以外の何物でもない。
「そうだね。ネコ達もみんな大人しいし、今は大きな案件もないし。毎日こうだったら楽なのにね」
イッキがコーヒーを傾けながら膝の上に居るエキストラを撫でると、エキストラは目を細めて尻尾を揺らした。
「まぁ実際何もないと仕事にならないから困るんだけどね」
「ニャー」
エキストラがイッキの言葉に反応するように鳴く。6匹居る中で唯一の雌だからか、エキストラはイッキによく懐いていた。
「ふふ、イッキさんは女の子ならネコでも魅了しちゃうんですね」
「そうかな?確かに他のネコに比べて懐いてくれてるとは思うけど、この子って僕以外にも甘えてない?」
「そんな事ないですよ。撫でさせてはくれますけど膝の上に乗ってるの見たのはイッキさんだけです」
「そっか。僕も君に気に入ってもらえて嬉しいよ、エキストラ」
「ニャア」
満更でもないのかイッキは嬉しそうにエキストラの頭を撫でる。
「懐かれてるって言うと、はスペードに懐かれてるよね。性格はクールだって話だったけど相手にはやたら人懐こいし」
「ニャ?」
イッキに名前を呼ばれたのがわかったのか、窓辺で毛繕いをしていたスペードはこちらに歩み寄って来る。だがイッキの事はスルーしてスペードはの隣に座った。
「ほら。今だって僕が呼んだのに目もくれずに君のところに来た」
「それはエキストラがもうイッキさんの膝を占領してたからじゃ」
「そんな事ないよ。も気に入られてるんだって」
「そう、なんですかね?」
控えめにスペードを撫でると、スペードはゴロゴロと喉を鳴らしてに擦り寄る。言われてみれば懐いてくれてるのかもしれない。
「そっか、スペードは私の事好きで居てくれるんだね。ありがとう」
「ニャニャア」
「!」
こんなに可愛い反応をしてくれるとついもっと甘やかしたくなるのが人間の性というもので。は戸棚にあったネコ用のおやつの箱からチーズを持ち出すと、それをスペードの口元へと持っていく。
「可愛いスペードには特別におやつをあげるね、はい」
「ニャッ、ンニャ」
に手渡されたチーズを咥えると、スペードは美味しそうにチーズを咀嚼する。その食べ方も可愛い。
「私、実はスペードってイッキさんに似てるかなって思ったんですけど、」
落ち着いた色合いの毛並みにクールな立ち振る舞いは普段のイッキの颯爽とした姿を彷彿とさせが、こんな風に甘える様子を見るとなんだか不思議な気分になる。
「でも実際はイッキさんよりずっと甘えん坊だから、ギャップというか…そういうのが余計に可愛く見えちゃいます」
スペードにチーズを食べさせ終わると、はまたクッキーを一口頬張った。
「そう?僕だって甘えたい時は甘えるけど?」
イッキはそう言ってに近づくと、クッキーを持っていた方の手を掴む。そしてそのまま自分の口元へと持っていくと、おもむろにクッキーを齧った。
「っ?!!」
「ご馳走様」
ほんの一瞬、イッキの唇が指に触れる。触れられた指の熱は瞬く間に伝播し、の顔が真っ赤に染まった。
「な、ななな、なっ…!」
何かしかの抗議を言いたいのかは必死に口を動かすが、漏れるのは声にならない言葉の羅列のみ。その様子が可愛くてイッキは笑みを深めた。
「ふふ、せっかくだから次は僕にも食べさせて欲しいな。なんだったら今度は口移しでもいいけど」
イッキの唇が今度はのそれに近づく。だがそれは重なる直前、不意に聞こえてきた声によって阻害された。
「そんな事する悪いネコはゲージにいれておかねばなりませんね、イッキくん?」
「っ?!所長?!居たんですか…!!」
「はい。嫌な予感がしたので急いで帰ってきたのですが、やはり貴方達二人を一緒にすべきではありませんでしたね」
「や、やだなぁ所長。別に僕は悪いことなんて何も」
「さんの様子を見てもまだそう言えますか?」
「?」
イッキが視線を向けると、は固まったまま放心していた。イッキへの対応に加え突然のワカの来襲。明らかなキャパオーバーだ。
「さぁ、躾の時間ですよ」
「ちょっ!待ってください所長、わ、わぁああ!」
所長室へと引き摺られていくイッキ。その様子がなんだか本当のネコみたいだな…なんて、回らない頭の片隅で思いつつ、は2人を見送った。