幸せの味
イッキの誕生日は、彼を取り巻く人間(特に女子)のいわば一大イベントと言っても過言ではない。が正式な彼女となってからは若干周囲の熱も引いたようだが、それでも盛大に祝われるのは変わりなかった。
だが今日は幸か不幸か土砂降りの雨。そのせいかプレゼントを渡そうとする人間は現れず、イッキはと穏やかな誕生日を過ごせていた。
「雨ってそんなに好きじゃなかったけど…たまにはこういうのもいいかもね」
と一緒に出かける予定が流れてしまったのは少々残念だが、別に今日行かなくたっていいしなにより外に出て騒ぎになるリスクを考えれば家でじっとしている方が賢い選択だろう。コーヒーを傾けつつ愛しい恋人の手料理を待つ。こんな誕生日も悪くはない。
「イッキさん、準備が出来たのでそっちに持って行ってもいいですか?」
「大丈夫だよ。配膳は僕も手伝っていい?」
「はいお願いします」
内緒にしたいから、と調理をやんわりと断られていたのでこうしておとなしく待っていたが、配膳の許可をもらえたのでイッキはいそいそとキッチンへ赴く。どんなものが出来たのか気になっていたのだ。
「あれ?これまだ未完成じゃない?」
キッチンのテーブルの上に乗っていたのは、ホールケーキの土台と思しきスポンジと生クリーム、そして果物などの装飾。飾りつけがまだだったのだろうか。
「せっかくなので、一緒に飾り付けしようかなと思ったんです。そのほうが美味しく感じるかなって」
「なるほどね。うん、凄くいい考えだと思うよ」
冥土の羊でバイトしていた頃はスイーツの飾り付けを良くしていたが、今はそういった機会も無い。久しぶりにバイト気分に浸るのも楽しいかも知れない。
ケーキの土台と飾りつけの材料をリビングへと移すと、二人は早速トッピングを開始した。
「この薄くスライスした桃は重ねて丸めると薔薇みたいになるんですよ」
「へぇ、そんなに簡単に作れるものなんだ。それってもしかして冥土の羊で覚えた知識?」
「正解です。今度出た夏の新作メニューに桃のスイーツがあって…」
他愛のない話を交えつつ各々スイーツを飾っていく。ほどなくしてケーキには見事な装飾が施された。
「さすがイッキさんですね。冥土の羊で出せそうなくらい綺麗です」
「のセレクトが良かったからだよ。ねぇ、早速食べてみてもいい?」
「もちろんです。あ、そうだこれ…」
は冷蔵庫から小さなチョコレートの板を持ってくる。そこにはイッキの名前と誕生日おめでとうという文字がデコレーションされていた。
「誕生日と言ったらチョコプレートですよね。ちょっと子供っぽいかなとも思ったんですけど」
「ううん、凄く嬉しいよ」
上にプレートが乗っただけで、ケーキは一気にお祝いの日仕様になった。いくつかロウソクを立てて火を灯せば、淡い光に照らされたデコレーションは宝石のように輝いて見える。
「イッキさんが生まれてきてくれた事と、今日を一緒に過ごせる幸せを祈って…イッキさん、誕生日おめでとうございます!」
の拍手に合わせてロウソクを吹き消せば、まるで踊るように火が揺らめいて消えていく。でもこの幸せは消えない。そんな事を実感しつつ、イッキは優しく微笑んだ。
「今ね、僕は世界で一番幸せだなって思うよ。だって自分の誕生日をお祝いしてくれる人がいて、その人は僕が世界で一番大切な人なんだから。本当にありがとう」
「私も大切な人の生まれた日を一緒にお祝いできて幸せです」
見つめ合い、それからどちらからともなくキスをする。
「好きだよ、」
「イッキさん…」
「何度言っても足りないくらい。、愛してる」
「…!」
甘い言葉を交えつつ唇を啄めば、恥ずかしさに耐え切れなかったのかが慌てて話題を変える。
「あっ…と、このままだとクリーム溶けちゃいますし、ケーキ!ケーキ食べましょう…!」
「君が溶けちゃう、の間違いじゃない?」
「ち、違いますよ…!」
「はいはい、そういうことにしといてあげるよ」
赤面しながらケーキを取り分けるの様子に苦笑する。あぁ、自分は今本当に幸せだ。
それからと一緒に食べたケーキはいつもより甘くて。もしかして、これが幸せの味なのかもしれない。